導入:「おひとりさま」の終活不安と、国の新しい「ものさし」
「もしも病気で入院するとき、身元保証人は誰に頼めばいいんだろう?」 「自分が亡くなった後、葬儀や家の片付けは誰がしてくれるんだろう?」
高齢化や核家族化が進み、高齢者の単独世帯が増加するなか 、こうした不安を抱える「おひとりさま」や、身近に頼れるご家族がいない高齢者世帯が増えています。
特に高齢期には、医療機関への入院や介護施設への入所といった、重大なライフイベントに直面することも多くなります 。こうした「いざという時」に、身元保証や緊急連絡先の引き受け、さらには亡くなった後のさまざまな事務手続き(死後事務)までをサポートする「高齢者等終身サポート事業」 が、近年急速に増加しています 。
これらのサービスは、多くの方の不安を解消する心強い味方です。しかしその一方で、高額な前払金をめぐるトラブルや、契約内容の不履行といった課題が指摘されているのも事実です 。
こうした状況を受け、国(内閣官房、消費者庁、厚生労働省など )は、利用者を守り、事業者が適正な運営を行うための統一的な指針として、「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」を令和6年6月に発表しました 。
この記事では、この新しい国のガイドラインを「利用者側」の視点で読み解き、私たちが「本当に信頼できる事業者を選ぶために、何をチェックすべきか」を、解説していきます。
なぜ今、国のガイドラインが作られたのか?
そもそも、なぜ国はわざわざこのサービスに特化したガイドラインを策定したのでしょうか?
それは、高齢者等終身サポート事業が、他の一般的なサービス契約と比べて、以下のような極めて特殊な性質とリスクを持っているためです。
- 契約が「超」長期にわたる
契約時から亡くなった後まで続くため、事業者が途中で倒産したり、サービス内容を変更したりするリスクがあります。
- 利用者の「判断能力」が変化しうる
主な利用者が高齢者であるため、契約時にはしっかりしていても、加齢に伴い判断能力が低下していく可能性があります 。
- 高額な費用を「前払い」することがある
死後事務費用などとして、サービスを受けるより先に「預託金」といった形で費用を支払うケースが多くあります 。
- 本人がサービス履行を「確認できない」
特に「死後事務」は、ご本人が亡くなった後に行われるため、契約通りに実行されたかをご自身で確認することができません 。
こうした点から、国は「一般的な契約に比べ利用者保護の必要性が高い」 と判断しました。
今回のガイドラインの目的は、事業者に適正な運営を促し、事業の健全な発展を推進することはもちろん、私たち「利用者が安心して当該事業を利用できることに資する」ことにあります。
これは事業者向けのルールであると同時に、私たち利用者が「この事業者は信頼できるか?」を判断するための“目安” となる、非常に重要な「ものさし」なのです。
【最重要】契約前に絶対確認したい「5つのチェックポイント」
ガイドラインは、事業者が契約時に利用者に説明すべき項目を具体的に示しています 。これを逆に見れば、私たちが「契約前に何を質問し、何を確認すべきか」が分かります。
特に重要な5つのポイントに絞って解説します。
① 契約内容:「重要事項説明書」をもらい、曖昧な点はないか?
口約束は絶対にダメです。ガイドラインは、事業者が契約書とは別に、サービス内容や費用を具体的に記した「重要事項説明書」を書面で作成・交付し、丁寧に説明することを求めています 。
この説明書をもらったら、以下の点を確認しましょう。
- 費用は明確か?
「サポート一式」のような曖昧な表記になっていませんか?
ガイドラインは、「入会金」「預託金」「サービス利用ごとの費用」などをきちんと区分して示すよう求めています 。特に、サービス利用の都度支払う費用がある場合は、その旨が明確に示されているか確認が必要です 。
- サービス内容は具体的か?
「入院支援」とは、書類手続きの代行だけなのか、医師の説明に同席するところまで含むのか 。
「死後事務」は、葬儀の手配から家の賃貸借契約の解約、携帯電話の解約まで、どこからどこまでやってくれるのか 。
サービスごとの利用場面や費用の内訳が、利用者に理解しやすく記載されているか確認しましょう 。
<ポイント> 判断に迷う場合は、一人で決めないこと。ガイドラインも、契約トラブルを未然に防ぐ観点から、契約時に第三者(親族やケアマネジャー、医療関係者など)の立会いを求めることを推奨しています 。
② お金:「前払金(預託金)」は、どう守られるか?
この契約で最も不安なのが、「事業者が倒産したら、預けたお金は戻ってこないのでは?」という点です。
ガイドラインは、この「預託金」の管理方法について、契約時に説明することを求めています 。
- 見るべき点:お金は「分けて」管理されているか?
ガイドラインは、事業者の運転資金と利用者の預託金を「明確に区分して管理する」ことが望ましいとしています 。事業者の経営が苦しくなった時に、利用者の預託金に手を付けられないようにするためです。
- ベストな確認方法:「信託」を使っているか?
最も安全性が高い方法として、ガイドラインは「信託銀行又は信託会社を相手方とする信託契約」を利用して預託金を保全することが望ましい、と示しています 。
信託されていれば、万が一事業者が倒産しても、預けたお金は守られます。
- 報告はあるか?
預託金の管理状況について、定期的に報告をもらえる仕組みになっているかも確認しましょう 。
③ 寄附・遺贈:「あなたの財産を寄附しろ」と言われていませんか?
これは最も注意すべき危険なサインです。
- 契約の「条件」にするのはNG
ガイドラインは、事業者が「死因贈与契約(亡くなったら財産を贈与する契約)の締結や寄附を、サポート契約の条件にすること」は、真に利用者の意思に基づくか疑義があるため、「避けることが重要」と強く明記しています 。
遺言による寄附(遺贈)についても同様に、契約の条件とすることを避けるべきとしています 。
- なぜ危険なのか?(利益相反)
もし事業者が利用者から財産をもらう契約を結ぶと、事業者は「生前のサービス提供(入院支援など)にかける費用を節約すれば、利用者が亡くなった時に自分たちがもらえる財産が増える」という立場になってしまいます 。
これでは、利用者のための手厚いサポートが期待できません。ガイドラインも、この利益相反のリスクや、将来相続人との紛争につながるリスクを指摘しています 。
過去には、身元保証と全財産の死因贈与をセットにした契約が「暴利行為であり公序良俗に反し無効」とされた裁判例もあります 。
「寄附や遺贈をしないと契約できない」と持ち掛けてくる事業者は、絶対に避けるべきです。
④ 解約:「やめたい時」のルールは明確か?
長期契約だからこそ、途中で「やはりやめたい」「他の事業者に変更したい」と思う可能性もあります。
- 見るべき点:解約・返金ルールは明記されているか?
契約の解除方法、解約できる事由、そして解約時の返金に関する取扱いが、重要事項説明書や契約書にきちんと明記されているか確認しましょう 。
- 不当な解約料ではないか?
解約料が設定されている場合、それが法外な金額になっていないか注意が必要です。消費者契約法では、事業者に生じる「平均的な損害の額」を超える部分の解約料は無効とされています 。
⑤ 事業者情報:「情報開示」は十分か?
信頼できる事業者かどうかは、その透明性にも表れます。ガイドラインは、利用者が安心して事業者を選べるよう、事業者がホームページなどで情報を公表することが重要だとしています 。
見るべき点:以下の情報が開示されているか?
・事業者の組織体制や人員体制
・財務諸表に関する情報 (経営状態は健全か)
・提供サービスの内容と費用
・預託金の管理方法
・寄附や遺贈に関する取扱方針
・事業継続計画(災害時や、万が一事業を清算する(やめる)ことになった場合の対応方針)
・相談窓口の連絡先
これだけの情報をきちんと開示しているかは、誠実な事業者を見極める大きなヒントになります。
【契約後の安心】判断能力が低下した時/サービスの実施
契約はゴールではありません。契約したサービスを、長期にわたり確実に実行してもらう必要があります。契約後の「履行」についても、ガイドラインは重要な点を示しています。
「もしも認知症になったら?」の備えはあるか
高齢者サポートである以上、「判断能力の低下」は必ず想定すべき事態です。
- 成年後見制度との連携
ガイドラインは、利用者の判断能力が低下し、権利を守る必要がある場合には、成年後見制度(任意後見・法定後見)を活用することが必要だとしています 。
- 定期的な意思確認
事業者は、契約後も定期的に利用者と面談し、利用者の状態や成年後見制度の利用に関する希望を的確に確認することが求められています 。
- スムーズな移行
そして、利用者の判断能力が不十分になったと判断された場合、あらかじめ任意後見契約を結んでいれば、速やかに「任意後見監督人」の選任を家庭裁判所に請求し、後見をスタートさせること 。
任意後見契約がない場合は、本人に対し、法定後見(補助・保佐・後見)の申立てを促すこと 。
契約時に、こうした判断能力低下時の具体的な対応方針や、成年後見制度への移行プロセスについて説明してくれる事業者を選びましょう 。
サービスは「正しく」行われているか
「契約したけど、本当にサポートしてくれているの?」という不安。特に死後事務は、本人が確認できません。
- サービス記録の作成と報告
ガイドラインは、事業者が「提供したサービスの時期や内容、要した費用等についてサービス提供記録を作成、保存しておくことが重要」だとしています 。
さらに、その記録の内容を、定期的に利用者に報告することも重要です 。もし利用者が成年後見制度を利用し始めたら、その成年後見人にも情報共有するよう求めています 。
- 死後事務の報告(相続人へ)
本人が確認できない死後事務については、ガイドラインのベースとなっている民法のルールに基づき、事業者は「死後事務が終了した後、相続人に対し、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない」とされています 。
契約時に、「どのような方法でサービス実施状況を報告してくれるのか」を具体的に確認しておくことが、契約後の安心につながります。
まとめ:国の「ものさし」を手に、賢明な選択を
高齢者等終身サポートサービスは、身寄りのない方や、ご家族に将来の負担をかけたくない方にとって、これからの高齢社会でますます不可欠な存在となっていくでしょう。
しかし、そのサービスがご自身の入院、判断能力が低下した時、そして亡くなった後にまで関わる非常に重要な契約であるからこそ、事業者は重い責任を負っています。
今回(令和6年6月)国が発表した「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」 は、まさに、悪質な事業者や不透明な契約から私たち利用者を守り 、信頼できる生涯のパートナーを見極めるための判断基準となります。
事業者を選ぶ際には、決して契約を急がないでください。できれば複数の事業者を比較検討し、ご自身の希望や不安を率直にぶつけてみましょう。
そして何より、この記事で挙げた最重要チェックポイントである、
- お金(預託金)の管理方法は安全か(信託などが望ましい)
- 寄附や遺贈を契約の条件にしていないか
という2点は、ご自身の財産を守るために、最も厳しくチェックしてください。
契約書はもちろん、「重要事項説明書」を書面でしっかり受け取り 、内容に少しでも曖昧な点があれば、納得できるまで説明を求めることが大切です。
ご自身の大切な老後と、これまで築いてきた資産を守るため、このガイドラインという「ものさし」を賢く活用し、慎重な選択をしてください。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)
