はじめに
「人生100年時代」という言葉が、現実のものとして私たちの目の前に迫っています。かつて「老後」と呼ばれた定年後の期間は、単なる「余生」ではなく、数十年にわたる「人生の後半期」というべき時間となりました。
ますます長期化するシニアライフを、いかに安心して、自分らしく生きるか。そのプランを描くことの重要性が高まっています。
しかし、老後の準備と聞くと、年金などの収入と支出見通し算出、資産運用といった「マネープラン」を思い浮かべがちです。もちろん、そうした財産管理はライフプランニングにおいてとても重要な課題ではありますが、他にも考えるべきことはいろいろとあります。
真の安心とは、お金の問題だけでなく、将来の健康状態の変化、住まいのあり方、生前・死後の法的な手続き、そして人生の終末期に至るまで、あらゆる課題に対応してこそ得られるものです。
当コラムでは、これから4回わたって「シニアライフプランニング」をテーマとして取り扱っていきます。
まず本記事では第1回目として、「シニアライフプランニング」とは何なのか、その「定義」と「全体像」を明らかにしていきます。
「シニアライフプランニング」とは何か
◆ 定義
「シニアライフプランニング」とは、単に資産運用を計画することや、葬儀や墓の準備をする「終活」だけではありません。
私たちは、シニアライフ・プランニングを「自分なりの生きがいを実現させながら、終末期や死後を含めた不安を解消し、最期まで快適な人生を送るための『総合的な人生設計』」であると定義づけています。
◆ 「個別最適」の落とし穴
ライフプランニングにおいて、最も陥りやすいなのが、いろいろな課題を個別・バラバラに検討してしまうことです。よかれと思って講じた対策が、別の領域で思わぬ問題を引き起こすことがあります。
《総合的なプラニング不足の例①》
「妻に自宅不動産を確実に遺したい」と考え、遺言書を完璧に作成したとしましょう。しかし、ご自身の介護費用として必要な「現預金」の準備を怠っていた場合、どうなるでしょう。いざ介護施設への入所が必要になった時、入所費用を捻出できず、結果として妻が住み続けるはずだった自宅を売却せざるを得ず、遺言内容が実現できなくなります。
《総合的なプランニング不足の例②》
老後の資産形成のために投資信託などで資産運用を順調に進めていたとしましょう。しかし、ご自身が認知症を発症した場合の対策を講じていなかった場合、判断能力が不十分とみなされれば、ご自身の銀行口座は凍結されてしまいます。結果、運用していた資産を解約・現金化できず、ご自身の生活費や介護費用に充てることすらできない、ということが起こりえます。
◆ 「全体最適」の重要性
上記の例が示すように、財産管理、介護への備え、法的手続きはすべて密接に関係しています。
ある領域の対策が、別の領域の目的を阻害するような「矛盾」を抱えた計画は、真の安心をもたらしません。
シニアライフプランニングのポイントは、これらの諸課題を一つのテーブルに載せ、すべてを関連付けて「見える化」し、ご自身の人生全体にとっての最適解を図ることに他なりません。
プランニングを構成する「5つの重要領域」
前章で述べた「全体最適」を図るべき「総合的な生活設計」とは、具体的にどのような領域によって構成されているのでしょうか。
私たちは、シニアライフプランニングを、以下の「4つの重要領域」の集合体として捉えています。
(1) 健全な財産管理
人生後半期の財産管理に関する領域です。
年金やその他の収入を適切に把握し、将来の支出(生活費、医療費、介護費など)を予測します。その上で、不要な保険の見直しや、長期的な生活を支えるための安全性を考慮した資産管理・運用を検討します。またご自身の資産全体の換金性がどの程度か(すぐに現金化できる資産の割合)を把握して適切に見直していくことや、相続税対策などもここに含まれます。
(2) 住まいと生活の不安解消
将来の介護や認知症発症のリスクに備えたプランニングや、生前整理によって住まいをより快適・安全なものにすることなどがこの領域のテーマです。
特に重要なのが、将来の介護費用をいかに資金確保するかという視点です。そのために、ご自宅の不動産を「住み続ける」「売却する」「賃貸に出す」、あるいは「より利便性の高い場所へ住み替える」といった、住居に関する意思決定も含まれます。
よって(1)の財産管理の領域とも密接に関係してきます。
(3) 確実な法的な手続き
ご自身に代わって財産管理や事務処理を第三者に委ねることや、次世代への財産の承継に関する領域です。
認知症リスクへの備え: 将来、ご自身の判断能力が低下した場合に備え、信頼できるご家族や専門家にご自身の財産管理や身上監護を託す「任意後見」や、柔軟な財産管理・承継を実現する「家族信託」の活用検討が考えられます。
次世代への承継: ご自身の最終意思を法的な形で残し、相続人間の無用な紛争を防止するための「遺言書」の作成もこの領域に含まれます。
(4) 人生の最終章の準備(エンディング・終活)
ご自身が希望する人生の終末期やエンディングを具体化していくプロセスです。
希望する葬儀の形態や、埋葬(お墓)に関する意思決定を行います。近年増加している「墓じまい」や、散骨・樹木葬といった新しい弔いの形も、この領域で検討する課題です。
年代ごとに異なる「優先順位」
前章で挙げた「4つの重要分野」は、人生のどのステージにおいても関連する課題です。
しかし、これらすべてについて一度に取り組む必要はなく、むしろ、年代ごとに直面する課題の緊急度や取り組みの優先順位は異なります。
次回以降の記事で、各年代の具体的なプランニングを詳説しますが、ここではその大枠を示します。
60代(プランニング策定の最適期)
多くの場合、心身ともに充実し、体力・気力・判断能力がまだまだ十分な時期です。この「最適期」にこそ、ご自身の人生後半のプラン全体を設計し、実行に移していくことが望まれます。特に、遺言書、任意後見、家族信託といった重要な法的手続きは、ご自身の意思が明確なこの時期にこそ締結しておくべきです。
70代(プランニング点検・見直し期)
ご自身の健康や、配偶者の介護などが現実的な問題として浮上し始める時期です。現状の生活や心身の状態、家族構成の変化などに照らして60代で作ったプランを点検し、必要であれば見直しを行います。特に、資産構成について「介護費用のための換金性(すぐに現金化できる資産)は十分か」といった観点での再評価が重要となります。
80代以降(終活実行期)
これまでに策定・点検してきたプランを「活用」する時期であると同時に、人生の最終章に向けた準備を具体的に「実行」していく時期です。身辺の整理(デジタル遺品含む)や、葬儀・埋葬の希望をご家族に明確に伝達し、必要な契約を済ませておきます。法的な準備が整っていることで、心身の変化にも慌てることなく、安心して日々を過ごすことを目指します。
このように、早い段階で骨格を策定し、定期的に見直すことが、円滑なシニアライフプランニングの鍵となります。
おわりに
本記事では、「シニアライフプランニング」が、単なる「マネープラン」や「終活」ではなく、財産・介護・法務・終活など4つの領域を網羅した「総合的な生活設計」であると位置づけたうえで、その全体像を解説いたしました。
未来を悲観的に捉えるのではなく、起こり得る変化を直視し、先手を打って備えること。それこそが、将来の不安を解消し、「今をより良く生きる」ための前向きな活動に他なりません。
とはいえ、これら4つの領域すべてをご自身やご家族だけで考え、財産管理、法的手続き、介護、相続などに関する多岐にわたる情報を収集して、最適な計画を立てることは、決して容易なことではありません。
私たち行政書士は、国家資格者として、シニアライフプランニングの根幹をなす法的手続き(遺言・任意後見・家族信託)の専門家です。この領域を起点として、ライフプラン作りの支援をさせていただいています。
まずは当事務所までお気軽にご相談ください。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)