はじめに
ご家族が亡くなった後、遺された方が最初に向き合うことになる、膨大で複雑な相続手続き。銀行口座の解約、不動産の名義変更、相続税の申告…と、やるべきことは山積みです。しかし、そのすべての手続きの出発点となる最重要書類があります。それが「戸籍謄本」です。
戸籍がなければ、「誰が亡くなったのか」、そして「法的な相続人は誰なのか」を公的に証明することができません。逆に言えば、戸籍さえきちんと集め、法的な相続関係が整理できれば、相続手続きの半分は終わったと言っても過言ではないのです。
この記事は、相続の最重要書類である戸籍について、その種類、2024年3月に改正された収集方法、そして思わぬ落とし穴を避けるための読み方までを解説していきます。
なぜ相続に「戸籍」が不可欠なのか?その根本的な役割
なぜ、あらゆる相続手続きで「戸籍謄本を揃えてください」と求められるのでしょうか。それは、戸籍が「相続人および被相続人の関係を法的に証明する、唯一の公的文書」だからです。
- 戸籍が必要となる具体的な手続き一覧
- 金融機関: 相続に伴う、預貯金の解約・名義変更、投資信託などの解約手続き
- 法務局: 不動産の名義変更(相続登記)
- 税務署: 相続税の申告
- 家庭裁判所: 遺言書の検認、遺産分割調停の申し立て、相続放棄の手続き
- その他: 相続に伴う、自動車やゴルフ会員権、株式などの名義変更手続き
相続手続きで必要となる戸籍の種類
相続手続きでは、単に「戸籍謄本」と言っても、実は複数の種類の戸籍を、過去に遡って集める必要があります。
戸籍謄本(現在戸籍)
これは、現在効力のある戸籍の写しです。主に、相続人が現在も生存していることを証明するために取得します。
除籍謄本
結婚や死亡、転籍などによって、戸籍に記載されていた本人がその戸籍からいなくなった状態の戸籍を「除籍」といい、その写しが「除籍謄本」です。相続においては、被相続人(故人)が死亡によってその戸籍から除かれたことなどを証明するために必要となります。
改製原戸籍謄本
戸籍の様式は、法律の改正によって何度か作り変えられています。例えば、戦後の民法改正や、近年のコンピュータ化などがそれに当たります。この作り変え(改製)が行われる前の、古い様式の戸籍を「改製原戸籍」と呼び、その写しが「改製原戸籍謄本」です。古い戸籍にしか記載されていない家族の情報(例えば、すでに結婚して戸籍を離れた兄弟姉妹など)を確認するために不可欠です。
【最重要ルール】出生から死亡までの一連の戸籍
相続手続きで金融機関や法務局から求められるのが、被相続人の「出生から死亡までの一連の戸籍謄本すべて」です。
なぜこれが必要かというと、人が生まれてから亡くなるまでの戸籍をすべて遡ることで、現在の家族も知らないような法定相続人がいないかをさせるため確認するためです。例えば、被相続人に離婚歴があり、前妻(前夫)との間に子どもがいた場合や、認知した子どもがいた場合、その子も現在の家族と同じ法定相続人です。これらの事実をすべて洗い出すために、途切れることのない一連の戸籍が必要となるのです。
【2024年3月開始】 戸籍集めの新常識「広域交付制度」
戸籍の広域交付制度に導入により、戸籍謄本の収集の手続が大きく変わりました。
(導入前) 各市区町村への個別請求
以前は、戸籍謄本はその「本籍地」の市区町村役場でしか取得できませんでした。そのため、被相続人が結婚や転勤などで本籍地を何度も移していた場合、相続人はその履歴を一つひとつ追いかけ、点在する全国の役所それぞれに、個別に郵送で請求しなければなりませんでした。これには、数週間から、時には数ヶ月単位の時間と多大な手間がかかっていました。
(導入後) 最寄りの窓口で一括請求
2024年3月1日にスタートした「戸籍の広域交付制度」は、この手間を大幅に軽減させる新制度です。 この制度により、本籍地ではない、お近くの市区町村の役場窓口(※)でも、他の市区町村が管理する戸籍謄本(除籍・改製原戸籍を含む)をまとめて請求できるようになりました。 つまり、これまでのように全国の役所に何度も手紙を送る必要はなく、最寄りの役場に行くだけで、出生から死亡までの一連の戸籍を一度に取得できるようになったのです。これにより、相続人の負担は大幅に軽減され、手続きにかかる時間も大きく短縮されることになりました。
(※)請求できる人や、対応窓口、必要な本人確認書類には条件がありますので、事前にご確認ください。⇒法務省のホームページ
プロはここを見る!戸籍を読み解く際の重要注意点
戸籍集めが便利になっても、その内容を正確に読み解く作業は、依然として専門的な知識と注意を要します。たった一つの記載を見落とすだけで、相続手続きが根底から覆る可能性もあるのです。
①「前の戸籍」の存在を示すサインを見逃さない
戸籍を読んでいく上で、「転籍(本籍地を移すこと)」や「改製(法改正で戸籍が作り直されること)」といった記載を見つけたら、それは「この戸籍が作られる前の、古い戸籍が存在する」ということを意味します。出生から死亡までの連続した戸籍を揃えるためには、これらのサインを見逃さず、一つ前の本籍地や、改製される前の「改製原戸籍」を遡って確認していく必要があります。
②「隠れた相続人」の発見
相続手続きでトラブルの原因のひとつなるのが、「現在の家族が知らない相続人」の存在です。戸籍を読み解く際は、特に以下の3つの記載に注意してください。
- 養子縁組:養子は、法律上、実の子と全く同じ相続権を持ちます。戸籍の身分事項欄に「養子縁組」の記載があれば、その方も相続人となります。
- 認知:婚姻関係にない女性との間に生まれた子も、父親が「認知」していれば、その子は実子と同じく相続人となります。
- 前婚歴:被相続人に離婚歴があり、前の配偶者との間に子どもがいる場合、その子も現在の家族の子どもと全く同じ立場の相続人です。これは最も見落としやすく、後から判明すると遺産分割協議をすべてやり直さなければならない、深刻な問題に発展します。
おわりに
相続手続きの第一歩であり、最も重要な土台となる戸籍集め。2024年3月から始まった「広域交付制度」により、その物理的な負担は劇的に軽減されました。
しかし、今回解説したように、集めた戸籍を正確に読み解き、すべての相続人を確定させる作業は、細心の注意を要します。もし少しでも「この記載はどういう意味だろう?」と疑問に感じたり、ご自身のケースが複雑だと感じたりした場合は、決して自己判断せず、専門家に確認しましょう。
戸籍のほか、相続手続きに関することは当事務所までお気軽にご相談ください。
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