はじめに
配偶者や子どもに頼らず、自立して生きる「おひとりさま」というライフスタイルは、現代社会において確立された選択肢の一つです。
しかし、その自立した人生を最後まで自分らしく全うするためには、病気やケガ、認知症、そしてご自身の死後など、自分自身では対応できなくなる事態への事前の備えが不可欠となります。頼れる家族がいないからこそ、元気なうちに法的な準備を整えておくことが、未来の自分を守るための最も確実な方法なのです。
この記事では、おひとりさまが直面する「老後のリスク」と「死後の手続き」という2つの大きな課題に対し、それぞれを解決するための具体的な生前対策を網羅的に解説していきます。
「老後のリスク」に備える生前対策
まずは、ご自身が生きている間に直面する可能性のある、お金や健康に関するリスクから身を守るための準備です。
お金のリスク(老後破産・資産凍結)への備え
- 課題:予期せぬ病気やケガによる高額な医療費、介護費用の発生は、老後破産に直結する大きなリスクです。さらに、認知症を発症すれば、たとえ自分のためであっても預金が引き出せなくなる資産凍結の状態に陥ります。
- 対策:
- 財産管理委任契約:身体が不自由になっても、信頼できる人に財産管理(預金の引き出し、費用の支払いなど)を任せるための契約です。
- 任意後見契約:認知症になった時のための切り札です。判断能力が低下した際に、財産管理と身上監護(介護契約など)を託す相手を、元気なうちに法的に決めておきます。
健康・生活のリスク(孤立・身元保証)への備え
- 課題:頼れる人がいないことで、自宅での孤立や、病気の発見が遅れるリスクが高まります。また、病院への入院や介護施設への入居時には、多くの場合で身元保証人を求められ、大きな壁となります。
- 対策:
- 見守り契約:定期的な連絡や訪問で安否を確認してもらい、緩やかなつながりを保つ契約です。
- 身元保証サービス:入院・入居時の保証人代行から、生活支援までを担う法人サービスを活用します。
- リビング・ウィル(尊厳死宣言書):延命治療を望むか否かなど、ご自身の終末期医療に関する意思を明確に書面で残しておきます。
「死後の手続き」に備える生前対策
ご自身が亡くなった後、誰にも迷惑をかけず、ご自身の想いを実現するための準備です。おひとりさまにとっては、老後の備えと同じくらい重要な対策と言えます。
遺産相続のリスクへの備え
- 課題:遺言がない場合、ご自身の財産は法律で定められた相続人(親や兄弟姉妹、甥・姪など)に渡ります。たとえ長年疎遠であったとしても、その人たちがあなたの財産を相続することになります。
- 対策:
- 遺言書:お世話になった人、面倒を見てもらった甥や姪、あるいは支援したいNPO法人など、ご自身が本当に財産を渡したい相手を法的に指定する唯一の手段です。財産を円滑に引き継いでもらうためにも、必ず作成しておきましょう。
葬儀・納骨・各種手続きのリスクへの備え
- 課題:ご自身が亡くなった直後には、葬儀や納骨の手配、役所への死亡届の提出、公共料金やクレジットカードの解約、そして家財道具一式の片付けなど、膨大な「死後事務」が発生します。これらの担い手が誰もいない、というのがおひとりさまが直面する最も大きな問題です。
- 対策:
- 死後事務委任契約:亡くなった後の一切の手続きを、生前のうちに信頼できる個人や法人に法的に委任しておく契約です。葬儀の形式から納骨先、関係者への連絡、SNSアカウントの整理に至るまで、詳細な希望を託すことができます。これにより、残された誰にも迷惑をかけることなく、安心して最期を迎えることができます。
すべてを託す「パートナー」の選び方
これまで解説してきた契約は、すべて「信頼できる相手」がいて初めて成り立ちます。おひとりさまにとって、このパートナー選びが最も重要で、最も難しい課題かもしれません。選択肢は主に3つです。
- 親族・友人 あなたのことをよく知る、信頼できる兄弟姉妹や甥・姪、親しい友人に託す方法です。気心が知れている安心感は大きいですが、相手も同世代であったり、法的な手続きに不慣れであったり、その負担が相手の人生に重くのしかかる可能性を十分に考慮する必要があります。
- 専門家(司法書士、行政書士など) 生前対策を専門とする専門家は、法律知識と実務経験が豊富で、中立的な立場から正確に契約を履行してくれます。ただし、当然ながら費用が発生します。ご自身の人生の重要な局面を任せる相手ですので、知識だけでなく、人としての相性や話しやすさも重要な選択基準になります。
- 法人(NPO、一般社団法人など) 近年、身元保証から任意後見、死後事務までを組織として引き受ける法人が増えています。依頼をした人が先に亡くなったりする心配がなく、永続的なサポートが期待できるのが最大のメリットです。ただし、団体によってサービス内容や費用は千差万別。契約前には複数の団体を比較検討し、その信頼性や経営基盤を慎重に見極める必要があります。
おわりに
「おひとりさま」という生き方は、ご自身の人生の舵をすべて自分で握る、自立したライフスタイルです。そしてその仕上げは、ご自身が動けなくなった時や、亡くなった後のことまで、責任をもって道筋をつけておくことに他なりません。
今回ご紹介した様々な生前対策は、決してネガティブな「死への準備」ではありません。誰にも迷惑をかけることなく、最後まで自分らしく、安心して人生を全うするための、大切な「引き継ぎ」なのです。
まずは、ご自身の希望を整理し、専門家の無料相談などを活用して、情報収集から始めてみてください。その一歩が、未来のあなたを守る、最も確かな力になります。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)
