はじめに
不動産の相続手続きは、手続き自体を放置しても特に罰則もないため、つい後回しにされがちなものでしたが、近年の法改正によって大きく状況が変わりました。
2024年4月から、不動産を所有または相続するすべての人に関わる、法律の見直しが行われたのです。この法改正は、社会問題となっていた、「所有者不明土地問題」を解決するために施行されました。
「相続登記の義務化」や「相続土地国庫帰属制度」といった近年のルールを分かりやすく解説し、あなたの大切な資産が、ご家族にとって「負動産」としないための、具体的なアクションプランを提示します。
なぜ法改正が?すべての発端「所有者不明土地問題」
新しいルールを理解するためには、まず、その背景にある問題から見ていきましょう。
これまで、相続が発生しても、不動産の名義変更(相続登記)は法律上の義務ではありませんでした。その結果、何世代にもわたって登記が放置され、共有者の数が増え、全国に散らばり、現在の実質的な所有者が誰なのか、特定不能になるケースが多くありました。
これだけは押さえたい!不動産相続「4つの新ルール」
所有者不明土地問題を解決するため、国はこれまで任意だった手続きを義務化し、罰則を設けるなどの法律を制定しました。ここでは、特に重要な4つの新ルールを解説します。
ルール①:相続登記の義務化(施行済)
- 内容: 不動産を相続したことを知った時から3年以内に、法務局で名義変更の手続き(相続登記)をすることが、法律上の義務になりました。
- 罰則: 正当な理由なくこの義務を怠った場合、10万円以下の過料(行政上のペナルティ)が科される可能性があります。
- 注意点: このルールは、法律が施行された2024年4月1日より前に発生した相続にも適用されます(遡及適用)。過去に相続したまま名義変更をしていない不動産がある場合は、2027年3月31日までに登記を済ませる必要があります。
ルール②:住所・氏名変更登記の義務化(2026年4月施行予定)
- 内容: 不動産所有者が、引っ越しや結婚などで住所や氏名が変わった場合、その変更があった時から2年以内に登記内容を変更することが義務化されます。
- 罰則: こちらも、正当な理由なく怠った場合は5万円以下の過料の対象となります。
- 目的: 所有者の最新情報を登記簿に反映させることで、土地の所有者を常に特定できる状態にするというものです。
ルール③:相続土地国庫帰属制度(施行済)
- 内容: 「どうしても使い道がなく、売ることもできない」といった不要な土地を、相続した人が国に引き取ってもらうことができる制度です。
- 要件と費用: ただし、どんな土地でも引き取ってもらえるわけではありません。建物や抵当権がない更地であること、境界が明確であることなど、一定の審査をクリアする必要があります。また、引き取ってもらう際には、審査手数料とは別に、土地の管理費10年分に相当する負担金(最低でも20万円から)を国に納付しなければなりません。これらをふまえるとこの制度の活用は最終手段と考えるべきでしょう。
ルール④:所有不動産記録証明制度(2026年2月施行予定)
- 内容: 相続人が法務局に申請することで、被相続人(亡くなった方)名義の不動産を全国の登記所から探し出し、その一覧を証明書として発行してもらえるようになります。
- メリット: 相続手続きでの煩雑な作業の一つが、被相続人の全財産を把握する「財産調査」です。特に、権利証が見つからない場合や、所有しているはずのない遠方の土地などが判明することもありました。この制度により、財産調査の負担が大幅に軽減されることが期待されています。
今、何をすべきか?不動産オーナーと、その相続人のためのアクションプラン
新しいルールを理解した上で、具体的にどう行動すればよいのでしょうか。不動産の「所有者」と、将来の「相続人」、それぞれの立場でやるべきことをまとめました。
【不動産オーナー自身ができること】
ご自身が元気なうちに準備をしておくことが、最も効果的で、家族への最大の思いやりとなります。
- 不動産リストの作成 まずは、ご自身が所有する不動産をすべて洗い出し、一覧表を作成しましょう。所在、地番、家屋番号、面積などを記載し、権利証(または登記識別情報通知書)や固定資産税の納税通知書といった関連書類をまとめて保管しておくと、将来の手続きが格段にスムーズになります。
- 家族との話し合い 作成したリストをもとに、ご家族と「この家や土地を、将来どうしたいか」を話し合いましょう。「誰かに継いでほしいのか」「誰も住まないのであれば売却するのか」といったご自身の希望を伝え、同時に、子どもたちの意向(「実家に戻るつもりはあるか」「管理はできるか」など)を確認することが、後のトラブルを避ける上で非常に重要です。
- 遺言書の作成 家族との話し合いで固まった方針は、法的に有効な遺言書として形に残しておきましょう。これが、円満な相続を実現し、「争族」を防ぐための最も強力なツールです。
【相続人になったらやること】
親などが亡くなり、相続人としての手続きが必要になった場合の行動計画です。
- 迅速な行動 何よりもまず、「3年」という期限を意識し、先延ばしにせず行動を開始することが重要です。遺産分割協議が長引いて期限を過ぎてしまいそうな場合でも、「相続人申告登記」という簡易な手続きで、ひとまず義務を果たすことができます。
- 新制度の活用 2026年2月以降は、「所有不動産記録証明制度」が利用可能になります。被相続人が所有していた不動産の全体像を把握するために、この制度を積極的に活用しましょう。また、どうしても不要な土地がある場合は、「国庫帰属制度」の利用も視野に入れます。
- 専門家への相談 相続登記の手続きは、とても複雑で手間がかかります。ご自身でやろうとすると、かえって時間と労力がかかり、ミスも起こりかねません。不安がある場合は登記の専門家である司法書士に相談することも検討しましょう。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)