はじめに
長年勤め上げ、あるいは事業を育て、ようやく迎えたセカンドライフ。これまでに築き上げた大切な資産を、これからはご自身やご家族のために、有効に活用していきたいと考えるのは当然のことです。
しかし、シニアライフにおける資産管理は、現役時代とは全く異なる視点が必要になります。ただ「増やす」ことを目指すのではなく、インフレから資産の価値を「守り」、計画的に「活用」し、そして最終的に円満に「託す(承継する)」ことの重要性が増してきます。
この記事では、そんなシニアライフの資産管理における3つのフェーズ「運用・成長」「守り・備え」「託す・承継」に分け、それぞれの段階でパートナーとなる証券会社、生命保険会社、信託銀行の役割を解説します。iDeCoやNISAといった制度をどう活用し、最終的にどう承継していくか、生涯にわたる資産管理のロードマップを描いていきましょう。
【蓄える】から【運用し、育てる】フェーズへ:証券会社との付き合い方
シニアライフの資産管理は、これまで「蓄えてきた」資産を、これからは上手に「運用し、育てていく」段階に入ります。このフェーズでの主なパートナーが証券会社です。
iDeCo(個人型確定拠年金)の「受け取り方」を考える
iDeCoは、60歳以降にこれまで積み立ててきた資産を受け取ることができます。受け取り方には「一時金」「年金」「併用」の3種類があり、それぞれ税金の計算方法が異なります。ご自身のライフプランや他の所得とのバランスを見ながら、どの方法が最も手残りが多くなるか、証券会社や税理士に相談しながら検討することが重要です。
NISA(新NISA)で「非課税の恩恵」を活かし続ける
2024年から始まった新NISAは、生涯にわたる非課税投資枠が設けられ、シニアライフの資産活用にも非常に有効です。例えば、これまで育ててきた投資信託などを一部取り崩して生活費に充てる際も、NISA口座内であれば利益に税金がかかりません。非課税の恩恵を最大限に活かしながら、インフレに負けないよう、リスクを抑えた安定的な運用を継続していくことが、資産寿命を延ばすカギとなります。
【守り、備える】フェーズ:生命保険会社と考える、万一への備え
資産を育てると同時に、シニアライフでは、予期せぬ事態からご自身やご家族の生活を「守り」、円満な相続に「備える」という視点が極めて重要になります。この観点での主なパートナーが生命保険会社です。
保障としての保険:医療・介護への備え
高齢になると、病気やケガによる入院・手術のリスクや、介護が必要になる可能性が高まります。公的保険だけではカバーしきれない自己負担分に対し、医療保険や介護保険で備えておくことは、現役時代に蓄えた資産を不測の事態で大きく目減りさせないための重要な「防波堤」となります。
相続対策としての保険:「争族」を避ける切り札
生命保険は、相続に関して特別のメリットがあります。それは、死亡保険金が原則として「受取人固有の財産」とみなされ、遺産分割協議の対象にならないという点です。
この特性を活かすことで、
- 特定の相続人に確実に現金を遺せる:「長年連れ添った妻に、他の相続人とは別枠で生活資金を確実に渡したい」「事業を継ぐ長男に、運転資金として現金を残したい」といった想いを、他の相続人の同意なしに実現できます。
- 納税資金を準備できる:相続税の支払いは、原則として現金一括払いです。相続財産が不動産ばかりで、納税資金が不足しそうな場合に、死亡保険金を充てることで、大切な不動産を売却せずに済みます。
このように、生命保険は単なる「万一の備え」だけでなく、ご自身の意思を反映させ、円満な相続を実現するための有効な手段となるのです。
【託し、承継する】フェーズ:信託銀行と進める、円満な相続
資産を育て、守りに備えてきた総仕上げとして、ご自身の想いを確実に次世代へ「託し」、円満に「承継する」のがこのフェーズです。ここでは、資産承継の専門家である信託銀行が、最も頼れるパートナーとなります。
遺言信託:遺言の作成から執行までをトータルサポート
「遺言信託」は、単に遺言書を作成するだけでなく、その保管、そしてご自身が亡くなった後の遺言内容の実現(執行)までを、信託銀行が一貫してサポートするサービスです。相続が発生すると、信託銀行が遺言執行者として、財産目録の作成から預貯金の解約、不動産の名義変更、相続人への財産分配まで行ってくれます。相続人の手続き負担を大幅に軽減し、公正な立場で執行してくれるため、「争族」の火種を未然に防ぐ効果が期待できます。
遺産整理業務:煩雑な相続手続きをまとめて代行
これは、相続が発生した後に、残されたご家族(相続人)が信託銀行に依頼するサービスです。戸籍謄本の収集、多数の金融機関への残高照会、株式や不動産の名義変更(登記は司法書士に委託)など、専門知識が必要で時間もかかる煩雑な手続きを、相続人に代わってすべて行ってくれます。心労の大きい時期に、手続きの負担から解放されるメリットは計り知れません。
生命保険信託:遺族の長期的な生活を保障
「守る・備える」フェーズでも触れた生命保険を、さらに確実に承継へつなげる仕組みです。死亡保険金の受取人を信託銀行とし、「妻に毎月〇万円ずつ、生活費として支払う」「孫が20歳になったら、学費として〇〇万円を渡す」といった契約を結んでおきます。これにより、受取人が一度に大金を受け取って浪費してしまうのを防ぎ、長期にわたって安定した生活を保障することができます。
おわりに:ライフステージに合わせたパートナー選びを
ここまで、シニアライフにおける資産管理を「運用し、育てる」「守り、備える」「託し、承継する」という3つのフェーズに分け、それぞれの段階で頼れるパートナーについて解説してきました。
おさらいすると、
- 証券会社は、NISAなどを活用して資産の価値を守り、育てていくパートナー。
- 生命保険会社は、万一の事態に備え、円満な相続の布石を打つパートナー。
- 信託銀行は、ご自身の想いを法的に確実な形で、次世代へ託す最終アンカー。
となります。
これらの金融機関はあなたのライフステージや目的に応じて使い分けるべき、心強い専門家です。ご自身の資産状況と、「これからどうしたいのか」という希望を明確にした上で、それぞれの分野の専門家のドアを叩いてみてください。それが、安心で豊かなシニアライフを実現するための、最も確実な一歩となるはずです。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)