相続を「争族」にしないために。終活の総仕上げ『円満な資産承継』完全ガイド

終活

はじめに

これまで本コラムでは、資産の棚卸しや、負動産対策、認知症による資産凍結への備えなど、様々なテーマを解説してきました。それら全ての対策の最終目的は、ただ一つ。残されたご家族が円満に資産を引き継ぎ、その後の人生を穏やかに歩んでいくことに他なりません。

しかし残念ながら、現実には相続をきっかけに、それまで仲の良かった兄弟姉妹などが険悪な関係となる「争族」へと発展するケースが後を絶ちません。そして、多くの方が「うちは財産なんてほとんどないから、もめるはずがない」と考えていますが、それこそが最も危険な思い込みです。家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割トラブルの約75%が、遺産総額5,000万円以下のごく一般的な家庭で起きています。

この記事では、シリーズの総仕上げとして、なぜ「争族」が起きてしまうのか、その主たる原因を明らかにし、それを防いで円満な資産承継を実現するための具体的な3つの柱を解説していきます。


なぜ「争族」は起こるのか?よくある3つの火種

相続トラブルは、資産の額よりも、ほんの少しのボタンの掛け違いや感情のもつれから生まれます。ここでは、特に多く見られる3つの「火種」をご紹介します。

火種① コミュニケーション不足による「誤解」

最も多いのが、コミュニケーション不足に起因する誤解です。「長男には家を継いでもらうと言ってあった」「介護をしてくれた長女に多めに渡したい」といった親の考えが、他の相続人にうまく伝わっていないケースです。

法的な効力のない口約束や、親が亡くなった後になって初めて聞かされる話は、「言った言わない」の水掛け論や、「自分だけが知らされていなかった」という不信感につながり、深刻な対立の引き金となります。

火種②「不公平感」からくる感情のもつれ

相続人間の「不公平感」も、根深い対立の原因です。「兄だけ大学まで行かせてもらった」「妹は結婚の時に多額の援助をしてもらっていた」といった、過去の出来事が相続の場で一気に噴出することがあります。

法律上、このような生前の援助は「特別受益」として扱われることがありますが、それ以上に「自分はこれだけ我慢してきたのに」という感情的なしこりが、冷静な話し合いを困難にしてしまうのです。

火種③ 分けにくい「不動産」中心の遺産

遺産のほとんどが、親が住んでいた実家の土地と建物だけ、というケースは非常に多く、これが「争族」の典型的なパターンです。

預貯金と違って、不動産は物理的に簡単に分割することができません。そのため、「現金化して分けたい」と考える相続人と、「思い出の家だから残したい」と考える相続人、「自分が住み続けたいが、他の兄弟に渡すお金はない」と考える相続人など、それぞれの思惑がぶつかり合い、解決が困難になりがちです。

円満な資産承継を実現する3つの柱

前述のような「争族」の火種を消し、円満な資産承継を実現するためには、早い段階からの準備が不可欠です。ここでは、その中心となる3つの柱をご紹介します。

柱①「遺言書」― 法的効力を持つ“究極の意思表示”

相続トラブルを防ぐ上で、最も強力かつ基本となるのが「遺言書」の作成です。遺言書は、民法で定められた相続分(法定相続分)よりも優先され、ご自身の意思に沿って財産の分け方を指定できる、唯一の法的な手段です。

遺言書にはいくつか種類がありますが、最も確実な方法は「公正証書遺言」です。公証役場で公証人と証人の立ち会いのもと作成するため、形式の不備で無効になる心配がなく、相続開始後の家庭裁判所での「検認」も不要なため、相続人の手続き負担を大幅に軽減できます。

また、遺言書には財産の分け方だけでなく、「付言事項」として家族への感謝の気持ちや、なぜそのような分け方にしたのかという理由を書き残せます。「介護で世話になった妻に多くの財産を遺したい」といった想いを綴ることで、相続人が納得しやすくなり、感情的な対立を和らげる効果が期待できます。

柱②「生命保険」― “受取人固有の財産”を活かす

生命保険は、受取人に指定された人が死亡保険金を受け取る金融商品ですが、相続において有効な活用手段となりえる特性があります。そのひとつが、死亡保険金が原則として「受取人固有の財産」とみなされ、遺産分割の対象にならない点です。

この特性を活かすことで、以下のような円満相続対策が可能になります。

  • 納税資金や葬儀費用の準備:預金口座が凍結されても、受取人はすぐに現金を受け取れるため、当面の支払いに困りません。
  • 特定の相続人への資金提供:介護でお世話になった長男の嫁など、法定相続人以外の人にも財産を遺せます。また、「妻の老後の生活資金として」など、特定の相続人に他の相続人とは別枠で確実に資金を渡すことができます。
  • 代償分割の原資:長男が実家を相続する代わりに、他の兄弟へ渡すお金(代償金)を、生命保険金で準備しておくといった活用もできます。

柱③「生前贈与」― 元気なうちに進める“計画的な移転”

ご自身が元気なうちに、ご自身の意思で、特定の相続人や孫などに財産を贈与しておくのが「生前贈与」です。将来の相続財産を前もって減らしておくことで、遺産分割の対象となる財産がシンプルになり、相続人間の対立を緩和する効果が期待できます。

ただし、生前贈与は相続税対策としても注目される一方、近年、税制改正が頻繁に行われています(亡くなる前7年以内の贈与は相続財産に持ち戻されるなど)。計画を誤ると、かえって税負担が重くなる可能性もあるため、実行する際には必ず税理士などの専門家のアドバイスを受けるようにしましょう。

おわりに:最高の贈り物は「もめない準備」という愛情

ここまでシリーズを通して、資産の棚卸しから具体的な生前対策まで、様々な角度から「終活における資産整理」を解説してきました。これら全ての根底に流れるのは、残される大切なご家族への「想いやり」に他なりません。

遺言書や生命保険といった法的な対策はもちろん重要です。しかし、それ以上に大切かもしれないのが、元気なうちに、ご自身の想いや考えをご自身の言葉で家族に伝えておくことです。「なぜこのような遺産分割にしたいのか」、「家族に今後どう暮らしていってほしいのか」。そうしたコミュニケーションが、無用な誤解や不信感をなくし、家族の絆を守る一番の土台となります。

具体的な手続きを進める段になったら、ぜひ専門家の力を借りてください。司法書士行政書士弁護士税理士といった専門家は、あなたの想いを法的に確かな形にするための、頼れるパートナーです。

資産整理とは、単なる事務作業ではありません。ご家族が「もめない」ように万全の準備を整えておくこと、それこそが、あなたが愛する家族へ遺せる最高の贈り物なのです。

執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ