ある日突然、親の口座からお金が下ろせなくなる?認知症による「資産凍結」の恐怖と対策

終活

はじめに

人生100年時代と言われる現代、長寿化に伴い、誰もが認知症と無関係ではいられない社会になりました。大切なご家族が認知症になった時、まず心配になるのは介護や日々の生活のことでしょう。しかし、それと同時に、非常に深刻かつ見過ごされがちな問題が浮上します。

それは、「資産凍結」です。

認知症によってご本人の判断能力が不十分とみなされた結果、本人の預金口座から現金を引き出したり、定期預金を解約したりすることができなくなる状態を指します。介護施設の入居費用や日々の医療費が必要なのに、その支払いに充てるべき本人の資産が全く使えない、という深刻な事態に陥ってしまうのです。

この記事では、まず「資産凍結」がなぜ起こるのかという仕組みを明らかにし、ご家族が困らないために元気なうちから準備できる代表的な3つの生前対策、「成年後見制度」「任意後見契約」「家族信託」を分かりやすく比較・解説します。

なぜ起こる?認知症による「資産凍結」の仕組み

「まさか、家族なのに口座からお金を引き出せないなんて」と驚かれるかもしれません。しかし、これにはご本人の財産を守るための、法律に基づいた明確な理由があります。

判断能力の喪失と「法律行為」

不動産の売却、保険の契約といった行為を「法律行為」と呼びます。また、本人名義の預金の払い戻しは事実行為にあたるものですが、法律行為と同様、その内容や行為にもとづく結果を正しく理解できる意思(判断)能力が必要であるとされています。

認知症が進行し、この意思能力が失われたと判断されると、ご本人が単独で行った契約などは、後から無効(取り消し)にできるようになっています。これは、悪意のある第三者から不当な契約を結ばされること等から、ご本人を守るために設けられたルールです。

金融機関が口座を凍結する理由

金融機関は、この法律の原則を厳格に守る義務を負っています。窓口担当者が「ご本人の判断能力が低下している」と判断した場合や、ご家族からその旨の申し出があった場合、金融機関は詐欺被害や親族による無断の使い込みといったトラブルからご本人の財産を守るために、口座からの出金を停止する措置、すなわち「口座凍結」を行います。

これは、たとえ介護費用といった明確な目的があり、善意のご家族からの依頼であっても、原則として覆すことはできません。

具体的に「できなくなること」の例

資産が凍結されると、日常生活や資産管理において、以下のような様々なことができなくなってしまいます。

  • 預貯金の引き出し、定期預金の解約、振り込み
  • 所有する不動産(実家など)の売却や、賃貸に出すこと、リフォーム契約
  • 株式や投資信託などの金融商品の売却
  • 介護施設への入居契約
  • 生前贈与や相続税対策の実行

これらの行為はすべて法律行為やそれに準ずるものにあたるため、本人の意思確認ができない以上、第三者の介在ができなくなってしまうのです。

資産凍結への3つの対抗策【徹底比較】

資産が凍結されてしまってからでは、打てる手は限られてしまいます。しかし、事前に準備をしておくことで、この事態は十分に回避可能です。ここでは代表的な3つの対策を比較してみましょう。

対策①「成年後見制度」―事後の最終手段

成年後見制度は、認知症などによって判断能力が不十分になった後に、本人や親族などが家庭裁判所に申し立てることで、財産を管理・保護する人(成年後見人)を選んでもらう、法律に基づいた制度です。いわば、事後の最終的なセーフティネットと言えます。

  • メリット
    • 家庭裁判所が関与するため、選ばれた後見人には強い権限が与えられ、本人の財産は法的に手厚く保護されます。
  • デメリット
    • 誰が後見人になるかは家庭裁判所が決定するため、家族がなれるとは限らず、弁護士などの専門家が選任されることもあります。その場合、専門家への報酬が継続的に発生します。
    • 後見人は家庭裁判所の監督下に置かれ、財産はあくまで「本人のために維持」することが目的となるため、実家の売却や生前贈与といった積極的な資産活用は原則として認められません。

対策②「任意後見契約」―事前に後見人を指名

任意後見契約は、ご本人が元気で判断能力があるうちに、「将来、判断能力が衰えた時には、この人(任意後見人)に、このような内容で財産管理や生活のサポートをお願いします」と、あらかじめ公正証書によって契約しておく制度です。

  • メリット
    • 最も信頼できる家族などを、ご自身の意思で将来の後見人として指名しておくことができます。
  • デメリット
    • 実際に効力が発生した後は、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」が任意後見人を監督します。そのため、監督人への報酬が継続的に発生します。
    • あくまで本人の生活を保護する「身上監護」が主な目的であり、成年後見制度と同様に、積極的な資産の組み換えや活用には向かない場合があります。

対策③「家族信託」―柔軟な財産管理を実現

家族信託は、ご本人が元気なうちに、信頼できるご家族との間で契約を結び、ご自身の財産(金銭、不動産など)の管理や処分を託す制度です。例えば長男を受託者に氏名し、財産の名義を受託者に移すことで、「アパートの管理や実家の売却を任せる」といった具体的な内容を、柔軟に決めることができます。

  • メリット
    • 家庭裁判所は関与せず、契約内容に沿って、託された家族(受託者)が迅速かつ柔軟に財産を管理・処分できます。例えば、介護費用を捻出するための実家の売却などもスムーズに行えます。
    • 二次相続以降の財産の承継先を指定できるなど、遺言プラスアルファの機能も持たせられます。
  • デメリット
    • あくまで財産管理の制度なので、役所の手続きや介護契約といった「身上監護」は行えません。
    • 契約書の作成等には信託に詳しい専門家のサポートが不可欠であり、報酬に関する費用が発生します。

【比較表】あなたに合う制度はどれ?

3つの制度はそれぞれに特徴があります。ご自身の希望や状況に合わせて、最適なものを選ぶための比較表をご活用ください。

比較項目成年後見制度任意後見契約家族信託
タイミング判断能力低下後判断能力があるうち判断能力があるうち
管理人を選ぶ人家庭裁判所本人本人
裁判所の関与全面的に関与監督のみ原則なし
財産管理の柔軟性低い高い
身上監護できるできるできない
主な目的財産保護財産保護・身上監護資産承継・柔軟な管理

おわりに:元気なうちにしかできない「究極の終活」

ここまで3つの対策をご紹介しましたが、お気づきの通り、その大半はご本人の判断能力がはっきりしているうちにしか準備できないという、厳しい時間制限があります。

「うちはまだ大丈夫」「本人には話しにくい」と問題を先送りにすること、それこそが資産凍結に対する最大のリスクです。判断能力が失われてからでは、選択肢は「成年後見制度」しか残されていないケースがほとんどです。

まずはご家族と、あるいはご自身が当事者としてお子さまと、「もしも」の時のためにどんな準備をしておきたいか、話し合うことから始めてみてください。

そして、具体的な検討を始める際には、これらの手続きは専門的な法律知識を要するため、決してご自身だけで判断しようとせず、専門家へ相談することが不可欠です。お近くの司法書士、行政書士、弁護士、あるいは信託銀行などの金融機関に相談し、ご自身の希望に最も合う方法はどれか、アドバイスを求めることをお勧めします。

資産凍結対策は、ご自身の財産を、ご自身とご家族が望む未来のために活かす、「究極の終活」と言えるのかもしれません。

執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ