はじめに
終活の一環として進める資産整理。中でも特に重要で、かつ後回しにされがちなのが「金融資産」の整理です。預貯金や株式、保険など、種類が多く、複数の金融機関にまたがって保有していると、自分自身でも全体像を正確に把握できていないケースは少なくありません。
もし、この散在した状態のまま相続が発生すると、ご家族は大変な苦労を強いられます。「どの銀行に口座があるのか」「どんな保険に入っていたのか」を探し出すだけで、膨大な時間と手間がかかってしまうのです。最悪の場合、存在に気づかれないまま手続きが進み、大切な資産が「休眠口座」として埋もれてしまうリスクさえあります。
本記事では、そうした事態を避け、ご家族の負担を軽くするための具体的な方法として、金融資産の「棚卸し」・「評価」・「集約」という3つのステップを、誰でも実践できるよう分かりやすく解説します。
ステップ①:すべての金融資産を「棚卸し」する
まずは、ご自身が持つ金融資産の全体像を正確に把握することから始めましょう。これが「棚卸し」です。
なぜ「棚卸し」が必要なのか?
金融資産の棚卸しは、相続するご家族のためであると同時に、ご自身の資産管理にとっても不可欠です。全体像を把握することで、初めて資産構成のバランス(現金はいくらか、価格が変動する投資商品をどれくらい保有しているか)が見え、今後の見直しの土台ができます。
また、この過程で、作ったことすら忘れていた古い銀行口座や、昔加入した保険など、思わぬ「お宝」が見つかることもあります。
何をリストアップすればいい?
通帳や証書、金融機関からの郵便物などをすべて一箇所に集め、以下の項目をノートやPCでリストアップしていきましょう。
- 預貯金
- 金融機関名、支店名、口座種別(普通・定期など)、口座番号
- 有価証券(株式、投資信託、債券など)
- 証券会社名、支店名、口座番号
- 保険(生命保険、損害保険、個人年金保険など)
- 保険会社名、保険の種類、証券番号
- その他
- FX、暗号資産、金(ゴールド)など、上記以外の金融資産すべて
一覧にすることで、資産がどれだけ分散しているかが一目で分かります。
エンディングノートの活用
作成した資産リストは、ぜひエンディングノートに記載、あるいは保管場所を明記しておきましょう。これは、万が一の際に、ご家族がスムーズに手続きを進めるための「引継ぎ書」となります。
ただし、口座の暗証番号やパスワードそのものを書き残すことはセキュリティ上のリスクを伴いますので、こうしたメモの管理は厳重にしましょう。
ステップ②:資産の価値を「評価」し、見直す
資産の全体像が「見える化」できたら、次のステップは、それらが現在の自分の状況や考え方に合っているかを「評価」し、見直す作業です。
現在の価値を把握する
まずは、リストアップした各資産の「現在の価値」を正確に把握しましょう。預貯金であれば通帳の金額そのものですが、価格が変動する資産は注意が必要です。
- 株式・投資信託など: 証券会社のウェブサイトやアプリにログインすれば、現在の評価額をリアルタイムで確認できます。定期的に送られてくる「取引報告書」でも確認可能です。
- 保険: 特に貯蓄型の生命保険などは、今解約したらいくら戻ってくるのか(解約返戻金)を把握しておくことが重要です。保険証券や、保険会社のコールセンター、ウェブサイトなどで確認できます。
こうした確認を進めていくことで、ご自身の資産の時価総額が明らかになります。
リスクとリターンのバランスを再考する
現役時代は余裕資金の範囲内で積極的なリターンを狙う「攻め」の資産運用も有効でしたが、収入が年金中心となるセカンドライフでは、リスクを抑制しながら安定的に運用する「守り」の視点が重要になります。
棚卸しした資産リストを眺め、株式や投資信託など、価格変動リスクの高い商品の割合が大きすぎないか確認しましょう。もしご自身が許容できるリスクの程度を超えていたり、日中も頻繁に値動きが気になったりするようであれば、資産構成の見直しを検討すべきサインかもしれません。この場合は、価格変動商品を減らし、預貯金や個人向け国債などの安全資産を増やすといった対応が考えられます。
不要な保険はないか?
保険は、ライフステージの変化に合わせて見直すことが不可欠です。
例えば、お子さまが独立したことで、かつて必要だった高額な死亡保障が不要になっているケースは少なくありません。「医療保険の保障内容は現在の医療事情に合っているか」「保障が重複している保険はないか」といった観点で見直し、必要であれば解約や保障額の減額を検討することで、月々の保険料負担を軽減できます。浮いたお金を貯蓄や別の投資に回すことも可能です。
ステップ③:不要な口座を「集約」する
資産の棚卸しと評価が終わったら、最後の仕上げとして、使っていない金融機関の口座を解約し、管理しやすいように「集約」していきましょう。
「集約」するメリット
複数の金融機関に散らばっていた口座を整理・集約することには、多くのメリットがあります。
- 管理の手間とコストが削減できる
- 通帳やキャッシュカードの管理が楽になり、自身の資産の「見える化」が容易になります。
- 資産の全体像が把握しやすくなる
- メインで使う口座を絞ることで、お金の流れが一目でわかり、効率的な資産管理が可能になります。
- 相続手続きの負担が大幅に軽減される
- 相続するご家族は、金融機関ごとに戸籍謄本などの書類を用意して手続きを行う必要があります。口座の数が少なければ、それだけ手続きの負担は軽くなります。
どの口座を残すか?
やみくもに解約するのではなく、ご自身のライフスタイルに合わせて、目的別に残す口座を選ぶことが大切です。
- メインバンク口座
- 年金の受取や公共料金・クレジットカードの引き落としなど、日々の生活に使うお金を管理する口座。
- ネットバンク口座
- 振込手数料が安く、金利も比較的高めに設定されていることが多いのが魅力。インターネットでの取引に抵抗がなければ、一つ持っておくと便利です。
- 証券口座
- 株式や投資信託などを保有している場合は、取引のしやすさや手数料などを比較し、メインで使う口座を一つか二つに絞りましょう。
これら以外の、使っていない休眠口座は、思い切って解約を進めましょう。
解約手続きの進め方
口座の解約は、基本的にはその金融機関の窓口で行います。通帳、届出印、本人確認書類(運転免許証など)を持参すれば手続きができます。最近では、郵送やオンラインで解約手続きが完結する金融機関も増えています。事前にウェブサイトなどで必要書類や手順を確認しておくとスムーズです。
おわりに:シンプルでわかりやすい資産構成を目指して
金融資産の整理と集約は、相続するご家族への思いやりであると同時に、何よりも、ご自身のこれからの人生を、より安心して、快適に過ごすための準備となります。お金の管理が楽になれば、漠然とした将来への不安もきっと軽くなるはずです。
一度にすべてを完璧にやろうと気負う必要はありません。まずは、使っていない通帳を一冊解約してみる。そこから始めてみてはいかがでしょうか。その小さな一歩が、ご自身とご家族にとって、大きな安心へと繋がっていきます。
また、資産の評価や具体的な商品の見直しで判断に迷うことがあれば、金融機関の窓口やファイナンシャルプランナー(FP)といった専門家に相談することも、賢い選択肢の一つです。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)