はじめに
緩やかな変化から始まった介護の道のりは、やがて医療との連携が不可欠となる「後期段階」へと入っていきます。
この段階は、要介護認定における「要介護4・5」に該当し、ご家族は、日常生活の支援だけでなく、「どこで、どのように最期を迎えるか」という「看取り」の課題と、本格的に向き合うことになります。
シリーズ最終回となるこの記事では、「要介護4・5」とはどのような状態なのかを詳しく解説した上で、この段階で必要となる医療的ケア、そしてご本人が穏やかな最期を迎えるための「看取りの場所」の選択肢と、ご家族の心構えについて、網羅的に解説していきます。
「介護の後期段階」とは?「要介護4・5」の状態を理解する
後期段階の介護を考える上で、まずご本人がどのような状態にあるのかを正しく理解することが、全ての出発点となります。
「要介護3」までとの違い:全面的な介助と医療ニーズの増大
要介護3でも生活全般に介助が必要でしたが、要介護4・5では、その依存度がさらに高まります。
- 要介護4 自力で立ち上がったり、歩いたりすることが極めて困難です。排泄、入浴、着替えといった身の回りのことのほぼ全てに、全面的な介助が必要となります。思考力や理解力の低下がさらに進むことも多く見られます。
- 要介護5 要介護認定における最も重い段階です。多くの場合、ほぼ寝たきりの状態となり、自力で寝返りをうつことも難しくなります。食事や排泄もベッドの上で行い、意思の疎通も困難になるケースが少なくありません。
そして、この段階における最大の特徴は、単なる生活支援に留まらない、痰の吸引や経管栄養、床ずれ(褥瘡)の処置といった「医療的ケア」の必要性が、格段に高まる点にあります。
この段階のケアの目的:「生活の質(QOL)」の維持と「尊厳」
初期・中期段階の介護が「心身機能の維持・改善」を一つの目標としていたのに対し、後期段階では、ケアの目的が大きくシフトします。
この段階で最も優先されるべき目的は、ご本人の「生活の質(QOL:クオリティ・オブ・ライフ)」を、可能な限り維持することです。 身体的な苦痛や精神的な不安を和らげ、穏やかな気持ちで日々を過ごせるように支援し、そして何よりも、一人の人間としての「尊厳」を守ること。それが、この時期のケアにおける、最大の目標となります。 機能の回復を目指すのではなく、「生きてきて良かった」と最期の瞬間に思えるような、心安らかな時間を作るための支援が求められるのです。
後期段階で不可欠となる「医療的ケア」との連携
介護の後期段階、特に要介護4・5と認定された方の生活を支える上で、食事や排泄といった日常の介護(ケア)と並行し、「医療的ケア」との連携が極めて重要になります。
在宅で必要となる主な医療的ケア
ご自宅での生活を継続する場合、ご本人の状態によっては、以下のような医療的ケアが必要となることがあります。これらは原則として、医師や看護師といった医療専門職でなければ実施できません。
- 喀痰吸引(かくたんきゅういん):自力で痰を出すことが難しい場合に、管を使って痰を吸引する。
- 経管栄養:口から食事をとることが難しい場合に、鼻やお腹に作った穴(胃ろう)から管を通して栄養を補給する。
- 床ずれの処置:寝たきりの状態が続くことで皮膚にできる傷(床ずれ)の洗浄や、薬の塗布などを行う。
- 在宅酸素療法:呼吸器の疾患がある場合に、自宅に設置した機器から酸素を吸入する。
- インスリン注射や点滴の管理:糖尿病や脱水症状などに対応するための医療処置。
介護と医療の橋渡し役「訪問看護」の重要性
上記の医療的ケアをご自宅で行う場合、その中心的な役割を担うのが「訪問看護ステーション」の看護師です。 在宅医(訪問診療医)の指示に基づき、看護師が定期的に自宅を訪問し、医療的ケアの実践、血圧や体温といった健康状態のチェック、そして介護にあたるご家族への指導や精神的なサポートなど、多岐にわたる支援を提供します。
後期段階の在宅介護は、もはやご家族とヘルパーさんだけで成り立つものではありません。在宅医とご自宅とを結ぶ、不可欠な橋渡し役として、訪問看護との密な連携が、療養生活の質を大きく左右します。
知っておきたい「介護保険」と「医療保険」の使い分け
ここで少し複雑なのが、保険の使い分けです。 通常、福祉用具のレンタルやヘルパーさんの支援は「介護保険」の対象ですが、医師の診察や、薬の処方は「医療保険」の対象です。
そして、上で述べた「訪問看護」は、ご本人の病状や状態によって、介護保険が適用される場合と、医療保険が適用される場合があります。
ご家族がこの複雑な制度を全て理解する必要はありません。大切なのは、ケアマネジャーが、在宅医や訪問看護ステーションと連携し、どちらの保険を適用すべきかを適切に判断・調整してくれる、ということを知っておくことです。まさしく、後期段階は「チーム」としての総合力が問われる時期なのです。
「最期の場所」をどう選ぶか? 在宅と施設の「看取り」
医療的ケアの必要性が高まる後期段階では、必然的に「どこで、どのように最期を迎えるか」という、「看取り」の場所が大きなテーマとなります。選択肢は、大きく「在宅」と「施設」に分かれます。
在宅での「看取り」:実現のための条件と覚悟
住み慣れた自宅で、家族に見守られながら最期を迎えたい、と願う方は少なくありません。その想いを実現するためには、いくつかの条件と、ご家族の覚悟が必要となります。
- 実現のための主な条件
- ご本人の強い希望があること。
- 介護にあたるご家族の同意と協力が得られること。
- 在宅医(訪問診療医)と訪問看護師による、24時間連携体制が確保できること。
在宅での看取りは、ご本人にとってもご家族にとっても、かけがえのない時間となり得ます。しかし同時に、ご家族の身体的・精神的な負担は極めて大きくなる、という現実も理解しておく必要があります。
施設での「看取り」:主な選択肢と特徴
在宅での看取りが様々な事情で難しい場合、穏やかな最期を迎えられる環境を整えた施設を選ぶことも、現実的な選択肢です。
- 主な選択肢
- 特別養護老人ホーム(特養) 多くの特養では、近年「看取り介護」に積極的に取り組んでおり、長年暮らした生活の場で、なじみの職員に見守られながら最期を迎えることが可能です。
- 介護医療院 要介護高齢者のための、長期的な療養と生活支援を一体的に提供する施設です。医師や看護師が常駐しており、医療的ケアと看取りの体制が充実しているのが大きな特徴です。後期段階の方の、有力な受け皿となります。
- 看取りに対応した有料老人ホーム 民間施設の中には、終末期ケア(ターミナルケア)や緩和ケアを専門とし、手厚い人員体制で、ご本人とご家族に寄り添うことを特徴としたホームもあります。
費用についての考え方
後期段階では医療費の増大が心配されますが、日本の公的保険には、自己負担を抑えるためのセーフティネットがあります。 それが「高額療養費制度」です。これは、医療保険(健康保険や後期高齢者医療制度)において、1ヶ月の医療費の自己負担額が、年齢や所得に応じた上限額を超えた場合に、超えた分が払い戻される制度です。
介護保険の自己負担額にも同様の上限制度(高額介護サービス費)があります。 そのため、医療的ケアが増えても、必ずしも自己負担が青天井に増え続けるわけではない、という点は知っておくと良いでしょう。
【家族の役割】本人の意思を尊重し、穏やかな時間を作る
ご本人の意思疎通が難しくなることが多い後期段階において、ご家族の役割は、「本人の意思の代弁者」となることにシフトしていきます。
リビング・ウィルと[人生会議」の最終確認
全ての判断の基礎となるのは、ご本人が元気なうちに表明していた意思です。このステージに備えて、前もって「リビング・ウィル(終末期医療における事前指示書)」や、「ACP(人生会議)」について話し合っておくことが極めて重要な意味を持ちます。 「延命治療は望まない」「苦痛だけは取り除いてほしい」といった、ご本人が大切にしていた価値観や希望を、改めて家族・関係者間で確認・共有しましょう。
家族・医療・介護チームでの意思共有
ご本人の意思を確認した上で、その内容を、医師、看護師、ケアマネジャー、介護施設の職員といった、関わる専門家チーム全体に、明確に伝えて共有することが家族の重要な役割です。 これにより、チーム全体が「ご本人の望む最期」という一つのゴールに向かって、一貫したケアを提供できるようになります。
延命治療に関する最ACP終判断
実際に、医師から今後の治療方針について、最終的な判断を求められる場面が訪れるかもしれません。これは、ご家族にとって最も重い決断です。 しかし、ここで忘れてはならないのは、ご家族がゼロから「決める」のではない、ということです。ご家族の役割は、これまで共有されてきた「本人の意思を、本人に代わって伝える(代弁する)」ことです。 この視点を持つことが、ご家族の精神的な重圧を、少しでも和らげることに繋がります。
おわりに:穏やかな最期を迎えるために
今回は、介護の後期段階(要介護4・5)に焦点を当て、医療との連携や「看取り」の備えについて解説しました。
人生の最終章におけるケアの目的は、単に生命を維持することだけではありません。ご本人が望む形で、尊厳を保ち、できる限り穏やかに、安らかな時間を過ごせるように支援すること。それが、この時期のケアに関わる全ての人に共通する、最も大切な目標です。
この記事が、皆様ご自身の、そして大切なご家族の介護という長い道のりにとって、少しでもお役に立てれば幸いです。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)