『日本の介護事情の変遷と、いまさら聞けない介護の基礎知識について専門家が解説』

終活

【介護事情の変遷】「嫁の務め」から「社会で支える」へ

現代の介護システムを理解するためには、まず、私たちがどのような歴史をたどってきたかを知るとより理解が深まります。

昭和の介護:「家」と「家族(主に女性)」が担った時代

2000年に介護保険制度が始まるまで、高齢者の介護は、公的な制度ではなく、それぞれの「家」が責任を負うべき問題、とされていました。そして、その実質的な担い手は、多くの場合、同居する家族、特に長男の嫁といった特定の女性に集中しがちでした。

「介護は家族がするもの」「身内の面倒は身内で見るべき」という価値観が当たり前だったこの時代、介護を理由に仕事や自身の生活を犠牲にする「介護離職」なども、深刻な社会問題となっていきました。

2000年の大変革:「介護保険制度」の誕生

こうした状況を根本から変えたのが、2000年4月に施行された「介護保険制度」です。 これは、高齢者の介護を、もはや個々の家族の責任(自助努力)にのみ委ねるのではなく、「社会全体で支え合う仕組み」へと、国が大きく舵を切った歴史的な大転換でした。

国民が保険料を納め、必要な時に、誰もが専門的な介護サービスを1〜3割の自己負担で受けられる。そして、どのようなサービスを受けるかを、利用者自身が「選択」できる。この制度の誕生により、日本の介護は、ようやく近代的な社会保障の枠組みの中に位置づけられたのです。

令和時代の介護:「チーム」で支える時代へ

制度開始から20年以上が経過した令和の現在、介護の考え方はさらに進化しています。 単に「家族か、事業者か」という二者択一で考えるのではなく、本人を囲んで、家族、行政、医療、介護事業者、そして地域社会といった、多様な担い手(プレーヤー)が連携し、ひとつの「チーム」として高齢者を支えていく、という考え方が主流になっています。

次の章では、この「チーム」を構成する、主要なプレーヤーの役割について、具体的に見ていきましょう。

現代の介護を支える「4つの柱」。それぞれの役割と連携

現代の介護は、前章で触れたように「チーム」で支えるのが基本です。そのチームは、主に以下の4つの柱によって構成されています。それぞれの役割を正しく理解し、連携させることが、介護を乗り切るための重要な鍵となります。


① 家族:介護の主役から「意思決定の責任者」へ

かつて介護の全てを担う「主役」であった家族の役割は、現代では大きく変化しています。

もちろん、最も身近な存在として、本人の精神的な支えとなり、日々の生活を見守るという役割は、誰にも代えがたいものです。しかし、介護の全てを実践するのではなく、本人の希望を最大限に尊重し、どのようなサービスを、どのように利用するのかを決定する「責任者」であり、「チームの一員」である、という意識を持つことが重要です。


② 介護保険:経済的・物理的負担を軽減する「土台」

介護保険制度は、現代の介護における最も重要な「土台」です。この制度があることで、私たちは経済的な負担を大幅に軽減しながら、専門的な介護サービスを利用することができます。

1~3割の自己負担で、訪問介護やデイサービス、福祉用具のレンタルなど、多岐にわたるサービスを受けられるこの公的なセーフティネットを、「必要とするサービスについて、効果的に、最大限に活用する」という姿勢が、介護の基本となります。


③ ケアマネジャーと地域包括支援センター:「介護の司令塔」と「最初の相談窓口」

介護保険サービスを実際に利用する上で、不可欠な専門家がいます。それが「ケアマネジャー」と「地域包括支援センター」です。

  • 地域包括支援センター 「介護について、何から始めればいいか分からない」という時に、最初に訪れるべき公的な「よろず相談窓口」です。各地域に設置されており、介護に関するあらゆる相談に無料で応じてくれます。要介護認定の申請支援もここで行っています。
  • ケアマネジャー(介護支援専門員) 要介護認定を受けた後、本人や家族の希望に沿って、具体的な介護サービス計画(ケアプラン)を作成し、サービス事業者との連絡・調整役を担う「介護の司令塔」です。介護保険を利用する上での、最も身近な専門家のパートナーとなります。

④ 民間業者:公的保険を「補完」する多様なサービス

介護保険サービスは、あくまで要介護者の自立支援に必要な、定められた範囲のサービスです。そのため、保険適用外のニーズも当然発生します。

その公的保険ではカバーしきれない部分を「補完」するのが、民間の介護関連業者です。例えば、以下のようなサービスがあります。

  • 保険適用外の家事代行(生前整理、庭の手入れなど)
  • 配食サービス
  • 民間の見守りサービス
  • より多様な選択肢がある有料老人ホームなどの介護施設

公的保険を土台としながら、必要に応じてこれらの民間サービスを組み合わせることで、よりきめ細やかで、本人や家族の生活に合った介護体制を築くことが可能になります。

おわりに:現代介護の全体像を理解し、次のステップへ

今回は、日本の介護がたどってきた歴史と、現代の介護を支える「4つの柱」の役割について解説しました。

かつてのように、介護を家族だけで抱え込む時代は終わり、今は、本人を中心に、家族、介護保険、ケアマネジャーのような専門家、そして多様な民間サービスが連携する「チーム」で支えていくのが当たり前になっています。

この全体像を理解し、いざという時に「誰に」「何を」相談すれば良いのかを知っておくこと。それが、漠然とした不安を解消し、介護への備えを始めるための、最も重要な第一歩です。

この基本知識を土台として、次回からの記事では、いよいよ具体的な介護の各段階(初期・中期・後期)について、必要なサービスや費用、家族の関わり方などを、より詳しく掘り下げていきます。

執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ