『デジタル終活の総仕上げ。家族に託す「ID・パスワード」の保管と安全な引き継ぎの最終ステップ』

終活

はじめに

これまでの記事で、ご自身のデジタル資産をリストアップし(現状把握)、それを死後どうしてほしいか(判断)についての基準をお示ししました。しかし、そのIDやパスワードといった極めて重要な個人情報を、最終的にどうやって家族に引き継ぐのか。ここには、「生前のセキュリティ」と「死後の確実な伝達」という、二律背反する課題が存在します。

セキュリティの厳格さにこだわりすぎると、「確実な伝達」に支障をきたしますし、逆に緩すぎるとセキュリティの意味をなさなくなります。

この記事は、デジタル終活の総仕上げとなる「実行編」です。ご自身が決めた意思を、安全かつ確実に未来の家族へ引き継ぐための、具体的な保管と伝達の方法について解説します。


大原則:「情報そのもの」と「そのありか」を分けて管理する

IDやパスワードといった機密情報を安全に引き継ぐための大原則は、「情報が書かれた媒体そのもの」と、「その媒体がどこにあるかという情報のありか」を、分けて管理することです。

なぜ、分離が必要なのか

もし、パスワードを全て書き出したノートを、誰でも見られるようなリビングの棚に置いておいたらどうなるでしょうか。生前のうちに、万が一、空き巣や、悪意のある訪問者に見られてしまうリスクがゼロとは言えません。

ご自身の情報を守る「生前のセキュリティ」を確保するためには、情報を記した媒体は、信頼できる人以外には容易にアクセスできない場所に保管しておく必要があります。

具体的な「分離」の方法

そこで有効となるのが、管理を二段階に分ける、という考え方です。

  1. まず、IDやパスワード、各種の意思表示を記したノートなど(情報そのもの)を、安全な場所に保管します。
  2. そして、信頼できるご家族に対し、その「保管場所(ありか)」だけを、口頭や別の手紙などで伝えておきます。

このように、情報の中身と、その情報のありかを物理的に分離しておくことで、生前はセキュリティを保ちつつ、いざという時には、ご家族が確実にその情報へ辿り着ける、という仕組みを作ることができるのです。

最も確実な、アナログでの保管と伝達方法

この「分離して管理する」という原則を、誰にとっても実践可能で、最も確実性の高いアナログ(手書き)の方法で実行する手順を解説します。

ステップ①:『引継ぎノート』を作成する

まず、これまでのステップで整理した「アカウントリスト」と、ご自身の「処分方針(残す、消すなど)」を、エンディングノートや、この目的専用の大学ノートなどに丁寧に清書します。これが、あなたのデジタル遺産の全てが記された、最も重要な情報となります。

ステップ②:ノートを『安全な自宅内』で保管する

次に、作成した『引継ぎノート』を、安全な場所に保管します。ご自宅の中であれば、普段使っている鍵のかかる引き出しや、ご自身だけが暗証番号を知っている家庭用の金庫などが確実です。
ただし、その場合には、引き出しの鍵や、金庫の暗証番号をご家族や信頼できる人に託しておく必要がでてきます。

さらに言えば銀行の貸金庫は、一見すると最も安全に思えますが、この目的にはあまりお勧めできません。なぜなら、ご本人の死後、相続人全員の同意書や戸籍謄本といった書類が揃わなければ、たとえご家族でも、貸金庫を開けることができないからです。これでは、死後すぐに行うべき手続きに間に合わない可能性があるのです。

このあたりの兼ね合いは難しいところではありますが、結局のところセキュリティの厳格さを追及するときりがなくなりますし、肝心の情報が必要な人に引き継がれなければせっかく作成したノートも意味をなさなくなります。

ステップ③:『保管場所』を家族に伝える

最後に、そして最も重要なのが、このノートの「保管場所」を、信頼できるご家族に明確に伝えておくことです。伝える相手は、一人だけでなく、例えばお子さんが二人いるなら両方に伝えておくなど、複数にしておくことによって、より確実性が増します。

伝える内容は、「もしもの時は、私の寝室にある机の、右側の引き出しに鍵をかけてあるから、その中にある緑色のノートを見てほしい」といった、具体的な情報です。 この「伝える」という行為があって初めて、あなたの準備は完成します。


おわりに:「伝える」ことで完成するデジタル終活

今回は、デジタル終活の総仕上げとして、IDやパスワードといった重要な情報を、安全かつ確実に引き継ぐための「実行」のステップについて解説しました。

どんなに完璧なリストや意思表示をご自身で準備しても、その存在とありかが、最終的に信頼できるご家族に伝わらなければ、その努力は水の泡となりかねません。

これまで進めてきた「現状把握」「判断」というステップを経て、最後に「実行」、特に「伝達する」という行為を完了させること。それこそが、あなたの全ての準備を完成させ、ご自身とご家族に本当の安心をもたらすための、最も重要な鍵となるのです。

執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ