はじめに
前回の記事で取り上げたデジタル遺産とは対照的に、物理的な「モノ」は私たちの目に直接見えます。それがそれゆえに、家全体に存在する膨大なモノの量に圧倒され、「どこから手をつけて良いか分からない」と、多くの方が途方に暮れてしまいます。
そして、ここで陥りがちなのが、「とりあえず、物置状態になっているあの部屋から…」といった、場当たり的な片付けです。これは、生前整理が失敗する典型的なパターンと言えます。
この記事では、本格的な片付けに入る前の、最も重要な準備段階である「現状把握」にテーマを絞ります。家全体の持ち物を客観的に可視化し、その後の整理をスムーズに進めるための、具体的な手順を解説します。
なぜ「現状把握」から始めるべきなのか
生前整理を成功させる鍵は、順番にあります。感情的な判断を伴う「捨てる」という行為から始めるのではなく、まず「現状把握」から入るべきです。
「いきなり捨てる」が失敗の元
計画なく「捨てる」ことから始めると、一つひとつのモノを手に取るたびに、「これはまだ使えるか」「これは誰かとの思い出の品だ」といった判断を迫られます。この判断は、とても大きな精神的エネルギーを消耗します。 特に、思い出の品が出てくると、つい手が止まってしまい、感傷に浸っているうちに時間と気力が尽きてしまう。これが、多くの方が経験する挫折のメカニズムです。
今回のゴールは「捨てる」ことではない
そこで、まず知っておいていただきたいのは、この「現状把握」というステップのゴールは、モノを捨てることではない、ということです。
このステップの目的は、あくまで「家全体に、衣類・本といったカテゴリーごとに、何が、どれくらいあるのかという全体像を、客観的に把握することです。 目的をここに限定することで、「捨てなければ」というプレッシャーから解放され、心理的なハードルを大きく下げて、整理の第一歩を踏み出すことができるのです。
「モノの棚卸し」を実践する3つのステップ
では、具体的に「現状把握=モノの棚卸し」をどのように進めていくのか、その手順を3つのステップで解説します。この順番通りに進めることが、挫折しないための重要なポイントです。
ステップ①:家中のモノを「カテゴリー」で分ける
この作業における基本原則は、「場所ごと」(例:寝室、納戸)ではなく「カテゴリーごと」に進める、ということです。まず、家の中にある全てのモノを、以下のようにおおまかなカテゴリーに分類することから始めます。
- 主なカテゴリー例
- 衣類
- 本・雑誌
- 書類(契約書、説明書、請求書など)
- 小物(文房具、化粧品、薬など)
- 思い出の品(写真、手紙、趣味の作品など)
片付けの順番は、判断に時間がかからず、感情的な負担が少ないカテゴリーから始めるのが鉄則です。一般的には、「衣類」から始め、「思い出の品」は一番最後に回すのがおすすめです。
ステップ②:同じカテゴリーのモノを「一箇所に集める」
次に、ステップ①で決めたカテゴリーのモノを、家中のあらゆる場所から一箇所に集めます。 このステップの目的は、「自分が所有しているモノの総量」を、視覚的・物理的に認識することにあります。
例えば、取りかかるカテゴリーを「衣類」と決めたなら、寝室のクローゼットだけでなく、タンスの中、衣装ケース、玄関のコート掛けなど、家中に散らばっている全ての衣類を、一つの部屋の床の上などに集めてみてください。 「自分は、これほど多くの服を持っていたのか」と、その物量に驚くはずです。この客観的な認識が、次の「判断」のステップで冷静な判断を下すための、重要な土台となります。
ステップ③:現状を「写真に撮る」
一箇所に集めてできた「モノの山」を、ご自身のスマートフォンなどで写真に撮っておくことをお勧めします。
不思議なもので、肉眼で見ている時よりも、カメラのレンズや画面を通して見る方が、目の前の光景をより客観的に捉えることができます。モノ一つひとつへの思い入れが少し薄れ、冷静に「モノの量」として認識しやすくなるのです。 また、この写真は、片付けが思うように進まなくなった時に見返すと、「ここから始めたんだ」というモチベーションの維持にも繋がります。
この段階で「やってはいけない」こと
現状把握のステップをスムーズに進めるためには、その目的に集中し、意図的に「やらない」と決めておくべきことがいくつかあります。
無理に「捨てる」判断をしない
この「現状把握」の段階で最も重要なルールは、「要る・要らない」の判断を、意識的に行わないことです。今回の目的は、あくまで持ち物の総量を把握することであり、「捨てる」ことではありません。
一箇所に集めたモノの山を見て、「これを全部片付けなければ…」と気負う必要はありません。判断のステップは、また別の機会に、十分な時間とエネルギーを確保して行います。今は、ただ「これだけある」という事実を確認するだけで十分です。
「思い出の品」に浸りすぎない
作業中、古いアルバムや友人からの手紙など、思い出の品が必ず出てきます。手に取って、つい中身を見返したくなる気持ちはよく分かりますが、これをやってしまうと肝心の作業の手を止めてしまいます。
あらかじめ「思い出の品ボックス」のような箱を一つ用意しておき、そうした品が出てきたら、中身は見ずに、いったんその箱に入れる、というルールを決めておきましょう。「思い出に浸る時間」は、全ての棚卸しが終わった後に、ゆっくりと設けるのが得策です。
3.3 一人で抱え込まない
家全体のモノをカテゴリーごとに棚卸しする作業は、想像以上に時間と体力を消耗します。一人で黙々とやっていると、孤独感から気力が続かなくなることもあります。
もし可能であれば、ご家族に「モノを集めるのだけ、手伝ってほしい」と、役割を限定して協力を依頼するのも良いでしょう。
また、生前整理アドバイザーは、計画段階からご依頼者様の生前整理について関与し、完遂までをサポートします。ぜひ活用をご検討ください。
おわりに:まずは「ごく小さなカテゴリー」から
ここまで、生前整理の第一歩である「現状把握」について、その重要性と具体的なステップを解説してきました。家全体の持ち物を棚卸しするのは、大きな負荷がかかります。
だからこそ、最初から完璧を目指したり、壮大な計画を立てたりする必要はありません。 大切なのは、まず「始めること」、「小さい達成感を積み重ねること」です。
「すべての衣類」と大きく考えるのではなく、まずは「小物衣類だけ」というように、負担の少ないところから始めてみてはいかがでしょうか。
そうした小さな作業を積み重ねながら、「家中のモノを一箇所に集め、その量を客観的に眺める」という経験を一度やり遂げること。それが、現状把握のプロセスにおける、まぎれもない一つの「成功体験」です。 その小さな成功の積み重ねが、いずれ家全体の整理を完了させる、最も確実な道のりとなります。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)