はじめに
物理的なモノの整理と違い、「デジタル資産」は目に見えません。そのため、持ち主であるご本人ですら、ご自身が契約・利用しているサービスや、保有しているデータの全体像を正確に把握していない、というケースは少なくありません。これが、デジタル終活における最大の落とし穴です。
どのような対策を立てるにしても、まずは「自分が何を持っているのか」を正確に知ることから始めなければなりません。
この記事では、デジタル終活において最も重要、かつ優先して行うべきステップである「現状把握」について、ご自身のデジタル資産を漏れなく洗い出すための、具体的な棚卸しの方法を解説します。
なぜ「現状把握」が最も重要なのか
デジタル終活には、①現状把握、②要・不要の判断、③データ処分および情報の引き継ぎというステップがありますが、その中でも現状把握は、最も重要なプロセスといってもよいでしょう。
存在に気づかれなければ、「無い」も同然
なぜ「現状把握」がそこまで重要なのか。それは、デジタル遺産というものは、その存在に遺族が気づかなければ、結果的には無いものと同じになってしまうからです。
例えば、ネット銀行の口座にまとまった預金があっても、遺族がその存在を知らなければ、相続財産として認識されず、永遠に引き出せない可能性があります。物理的に存在する紙の通帳とは違い、デジタル資産は、その存在を示す「モノ」が手元にないのです。また、思い出の写真を格納したデータも、端末のパスワードが分からなければ、取り出すことすらできません。
全ての対策は「リスト」づくりから始まる
この「現状把握」のゴールは、ご自身のデジタル資産を網羅したリストを作成することです。
このリストは、ご自身が元気なうちは、今後「どのサービスを解約するか」「どのデータを誰に遺すか」といった判断を下すための基礎的な資料となります。
そして、万が一のことがあった時には、このリストが、ご家族にとっての道しるべとなります。どこに連絡し、何をすべきかが一目瞭然になるリストが一つあるだけで、遺族のご負担は大幅に軽減されるのはまちがいありません。
【オンライン資産】あなたの全アカウントを洗い出す4つのカテゴリー
まずは、インターネット経由で利用している「オンライン資産」から棚卸しを始めましょう。あまりに多岐にわたるため、何から手をつけて良いか分からなくなりがちですが、以下の4つのカテゴリーに分けて考えると、整理しやすくなります。
① おカネに関わる資産 ~最重要~
いうまでもなく直接的な金銭価値を持つ、最も重要な資産群です。遺族がその存在に気づかなければ、財産として相続されないリスクがあるため、最優先でリストアップしましょう。
- 主な例
- ネット銀行の口座
- ネット証券の口座
- FXや暗号資産(仮想通貨)の取引口座
- PayPay、楽天ペイなどのスマホ決済アプリ(チャージ残高)
- 通販サイトなどで貯まっているポイントやギフト券残高
② サブスクリプション等
ご自身が亡くなった後も、解約しない限り月額・年額の料金が発生し続けてしまう可能性のあるサービスです。
- 主な例
- Amazonプライムなどの通販サイトの有料会員
- Netflix、Huluなどの動画・音楽配信サービス
- iCloudやDropboxなどの有料クラウドストレージ
- 新聞や雑誌の電子版
- その他、月額課金のソフトウェアやサービス
③ コミュニケーション・SNS
ご自身の社会的なつながりや、コミュニケーションの履歴が記録されているアカウントです。
- 主な例
- Gmail、Yahoo!メールなどのフリーメール
- Facebook、X (旧Twitter)、Instagram、TikTokなどのSNS
- LINE、Messengerなどのメッセージアプリ
④ 思い出・データ
ご自身の思い出や、知識、情報などがデジタルデータとして保管されている場所です。
- 主な例
- Googleフォト、Amazon Photosなどの写真・動画ストレージサービス
- ご自身で運営しているブログやウェブサイト
- Evernote、Notionなどのメモアプリや情報管理ツール
- これらの項目について、まずは思いつくものから、ノートなどに書き出していくことから始めてみてください。
【オフライン資産】家の中に眠るデータを可視化する
オンライン資産と並行して、ご自宅の中にある物理的なデジタル機器、すなわち「オフライン資産」の棚卸しも行いましょう。これらの機器の中にはなにかしらの大切なデータが保管されているのではないでしょうか。
PC・スマートフォン・タブレット
最も重要なオフライン資産は、日常的に使用しているパソコンやスマートフォン、タブレットにあることが多いでしょう。これらの機器は、単なる「モノ」としてだけでなく、中に保存されている「データ」と、それを守る「パスワード」もセットでとらえる必要があります。
- 把握すべき情報
- 機器の種類(例:ノートPC 、iPhone など)
- ログインパスワードやスマートフォンのPINコード
特に、ログインパスワードやPINコードは、現状把握の段階で必ず記録しておくべき最重要情報です。これが分からなければ、たとえ機器が手元にあっても、専門家ですらデータを取り出すことは極めて困難になります。
外部記憶媒体(HDD、USBメモリ、SDカードなど)
パソコン本体以外にも、データを保存するための外部記憶媒体が、ご自宅の引き出しや棚の中に眠っていることがあります。
- 主な例
- 外付けハードディスク(HDD)
- USBメモリ
- SDカード(デジタルカメラ用など)
- CD-R、DVD-Rなど
これらの記憶媒体については、「どこに保管してあるか」と、「中に何が保存されているか」を、大まかで良いので記録しておきましょう。例えば、「書斎の机の右の引き出しにあるSDカード:昔の家族写真データ」といったメモを残しておくだけで、遺族にとっては大きな手がかりとなります。
資産リスト作成を助ける「ヒント」と「ツール」
ここまで見てきたオンライン・オフラインの資産を、記憶だけを頼りに全てリストアップするのは至難の業です。ここでは、忘れているアカウントを見つけ出すためのヒントと、リストを作成するための最適なツールについて解説します。
忘れているアカウントを見つけるヒント
「昔登録したきり、使っていないサービスがたくさんあるはず…」という方は多いでしょう。そんな休眠アカウントを見つけ出すための、具体的なヒントをいくつかご紹介します。
- メールの受信ボックスを検索する 普段お使いのGmailやyahooメール等で、「登録」「アカウント」「ようこそ」「注文完了」といったキーワードで検索すると、過去に登録したサービスの通知メールが見つかることがあります。
- クレジットカードの利用明細を確認する 月額・年額で支払いが発生しているサブスクリプションサービスは、クレジットカードの利用明細を確認するのが最も近道です。洗い出されていないサービス名がないかチェックしてみましょう。
- スマートフォンのアプリ一覧を眺める スマートフォンにインストールされているアプリは、何らかのアカウントを登録している証拠です。ホーム画面のアイコンを一つひとつ確認していきましょう。
最適な記録ツールは「紙のノート」
リストを作成するためのツールにはいろいろなものがありますが、紙のノートに書き出すのが最もおすすめです。
パスワード管理アプリなどのデジタルツールは便利ですが、そのサービス自体が終了してしまったり、パスワードがわからなかったりすると、全ての情報にアクセスできなくなるというリスクがあります。
その点、エンディングノートなどに手書きで記された情報は、そうした心配がなく、何より、ご遺族がそのノートを見た時に、ただちに内容を把握できるという確実性があります。
おわりに:完璧を目指すより、まずは「始めること」から
ここまで、デジタル遺産の「現状把握」について、その重要性と具体的な方法を解説してきました。
項目は多岐にわたり、労力を要するものではありますが、この作業を短期間のうちに完璧に終える必要はありません。 大切なのは、まずすこしずつでも始めることです。
この記事を読み終えた今日、まずはご自身のスマートフォンを眺め、普段使っているネット銀行や、SNSをノートに書き出すことから始めてみてください。 その小さな一歩こそが最も確実で重要なデジタル終活の第一歩となるのです。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)