『家族を困らせないための「生前準備」チェックリスト。死後事務委任契約という選択肢』

終活

はじめに

これまでの記事でも取り上げてきたいように、ご家族が亡くなった後の手続きは多岐にわたり、また、それぞれに期限があるため、遺族にとって大きな負担となるのが現実です。

そうなると、「では、元気なうちに、残される家族のために何ができるのか」ということが大事になります。

この記事では、その問いに答えるため、ご自身でできる具体的な生前準備と、より包括的な備えである「死後事務委任契約」について解説します。

なぜ「生前の準備」が、そこまで重要なのか

「自分が死んだ後のことまで準備するのは面倒だ」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、生前の準備には、その負担感を補って余りある、2つの大きな価値があります。

遺族の「時間的・精神的負担」を劇的に減らす

もし、何の準備もなされていない場合、ご遺族は、故人の大切な書類がどこにあるのか、どのサービスを契約していたのか、散逸した情報を一から収集するという、骨の折れる作業から始めなければなりません。

悲しみに暮れる中で、この作業は大きな時間的・精神的負担となります。 一方で、生前に情報が整理され、そのありかが明確になっていれば、ご遺族は必要な手続きをスムーズに進めることができます。それによって生まれた時間と心の余裕は、故人を静かに偲び、悼むための、かけがえのない時間となるのです。

故人の「意思」を確実に実現する

生前の準備は、単に事務手続きを効率的にするためだけのものではありません。 例えば、ご自身の葬儀やお墓について、生前に希望を書き記していなければ、ご遺族は「どのような形で見送るのが、故人の本意だったのだろうか」と、重い決断を迫られることになります。そして、その決断が正しかったのか、後々まで悩み続けるかもしれません。

ご自身の意思を明確な形で遺しておくことは、ご遺族をそうした決断の重荷から解放するための、最大の思いやりと言えるでしょう。

すぐに始められる、具体的な「生前準備」3選

では、具体的にどのような準備をすれば、ご家族の負担を減らすことができるのでしょうか。ここでは、誰でもすぐに始められる、基本的な3つの準備について解説します。

① 情報の「一覧化」:エンディングノートの活用

最も基本的かつ効果的な準備が、ご自身の財産や契約に関する情報を一覧にまとめておくことです。そのためのツールとして、市販の「エンディングノート」は非常に有効です。ノートの項目に沿って書き進めるだけで、網羅的な情報リストが完成します。

もちろん、エンディングノートにこだわる必要はありません。まずは以下の項目が一覧化されていれば十分です。

  • 財産に関する情報:預貯金口座(銀行名・支店名・口座種別)、有価証券、加入している生命保険・損害保険、不動産、ローンや借入金など。
  • 契約に関する情報:公共料金、携帯電話、インターネット、クレジットカードなど、月々の支払いが発生しているサービスの契約先とお客様番号。
  • デジタル遺産:主要なウェブサイトのIDや、パスワードの保管場所のヒントなど。

② 書類の「一元管理」:保管場所を決めて伝える

情報の一覧化とセットで行いたいのが、関連する重要書類などを、一箇所にまとめて保管することです。 例えば、「このファイルボックスに、財産関係の書類は全て入っている」という状態を作るのです。

  • 保管すべき書類や重要品の例
    • 通帳、実印、銀行印
    • 不動産の権利証
    • 保険証券
    • 年金手帳
    • パスポート など

そして、最も重要なのは、そのファイルボックスや引き出しの保管場所を、信頼できるご家族に明確に伝えておくことです。情報と書類のありかが分かっているだけで、ご家族の手間は劇的に削減されます。

③ 意思の「明文化」:希望を書き記す

お金や手続きのことだけでなく、ご自身の「想い」や「希望」を、文字にして遺しておくことも、とても大切な準備です。これも、エンディングノートがその役割を果たしてくれます。

  • 文章化しておきたい「希望・意思表示」の例
    • 葬儀やお墓に関する希望(規模、形式、連絡してほしい友人など)
    • 延命治療に関する意思表示(リビング・ウィル)
    • 介護が必要になった場合の希望
    • 家族への感謝のメッセージ

これらの意思表示があることで、ご家族は迷うことなく、あなたの最後の希望を叶えることに専念できます。

頼れる人がいない場合の「死後事務委任契約」という選択肢

ここまではご自身やご家族でできる準備について解説してきました。しかし、そもそも「頼れる親族がいない」、あるいは「親族はいるが、高齢だったり、遠方だったりするので負担をかけたくない」という方も少なくありません。 そのような場合に、最も有効な選択肢となるのが**死後事務委任契約**です。

死後事務委任契約とは?

死後事務委任契約とは、ご自身が元気なうちに、信頼できる第三者(専門家や法人など)との間で、「自分の死後に発生する、様々な事務手続きを委任します」という内容の契約を結んでおくものです。 以下は委任できる手続きの例です。

  • 行政官庁等への諸届出(死亡届、年金・健康保険の資格抹消手続きなど)
  • 医療費・入院費、施設利用料などの支払い
  • 葬儀、火葬、埋葬、納骨に関する事務
  • 関係者への連絡(親族、友人、知人など)
  • 公共料金や各種サービスの解約・精算手続き
  • デジタル遺品の整理(SNSアカウントの削除、PCデータの消去など)
  • 自宅の明け渡しや家財道具の処分

これにより、ご逝去後、受任者(依頼された人)は契約書に基づいて、これらの手続きを法的な権限をもって行うことができます。

遺言書との決定的な違い

「遺言書があれば十分では?」と思われるかもしれませんが、両者には決定的な役割の違いがあります。

  • 遺言書:主に財産の分け方(誰に何を相続させるか)を定めるためのもの。
  • 死後事務委任契約:財産以外のあらゆる事務手続きの執行を委任するためのもの。

遺言書は、死後すぐには開封・執行されず、役所の手続きや葬儀の手配といった緊急性の高い事務を行う権限を、相続人に当然に与えるものではありません。この、遺言書ではカバーしきれない死後直後の手続きを担うのが、死後事務委任契約なのです。

おひとりさまや、家族に負担をかけたくない方のための備え

この契約は、特に以下のような方々にとって、心強いセーフティネットとなります。

  • おひとりさま(単身者)の方
  • お子さんのいないご夫婦
  • 身寄りのない方
  • 親族と疎遠な方や、家族に迷惑をかけたくない、と強く願う方

これらの立場にある方々が、「誰にも迷惑をかけずに、自分の最後をきちんと締めくくりたい」という想いを実現するための、最も確実な法的手段の一つと言えるでしょう。


おわりに:準備とは、未来の家族への「思いやり」

今回は、死後の手続きでご家族を困らせないための、具体的な生前準備について解説しました。

エンディングノートを活用した情報の「見える化」は、誰でも今日から始められる、とても効果的な第一歩です。そして、頼れる人がいない場合の死後事務委任契約は、ご自身の尊厳を守り、周囲への負担をなくすための手段となりえます。

終活における生前の準備は、決してご自身の死を見つめるだけの、ネガティブな活動ではありません。 それは、あなたが安心して残りの人生を過ごすため、そして、遺される家族への深い思いやりを形にする、とても前向きで、愛情に満ちた行為なのです。

執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ