【専門家が解説】相続放棄(3ヶ月)、確定申告(4ヶ月)、相続税(10ヶ月)。死後に訪れる「3つの期限」

終活

はじめに

葬儀を終え、慌ただしい日々が少し落ち着いた頃、遺族には、法律と税金に関わる、より専門的な手続きが待ち受けています。これらの手続きの多くには、法律で厳格に定められた「期限」が存在します。

この期限を知らないままでいると、意図せず多額の借金を承継してしまったり、税制上の不利益を被ったりする可能性があります。この記事では、ご逝去後1年以内に訪れる、特に重要な「3つの期限」について、専門家の視点から解説します。


【3ヶ月の壁】相続する?しない?「相続放棄・限定承認」の決断

ご逝去後、最初に訪れる、そして最も重要な意思決定の期限が「3ヶ月」です。これは、故人の財産を相続するかどうかを判断するための期間です。

必ず確認すべき、故人の財産と借金

相続と聞くと、預貯金や不動産といったプラスの財産をイメージしがちですが、法律上は、借金やローン、未払金といったマイナスの財産も全て引き継ぐことになります。 そのため、まず初めに行うべきことは、故人にどのような財産と借金があったのか、その全体像を把握するための調査です。

3ヶ月以内に、3つの選択肢から決断する

財産調査の結果を踏まえ、相続人は以下の3つの方法から、自身の対応を決める必要があります。

  • 単純承認:プラスの財産もマイナスの財産も、すべてを無条件に引き継ぐ方法です。特別な手続きは不要で、期限内に何もしなければ、自動的にこれを選択したと見なされます。
  • 相続放棄:プラスの財産もマイナスの財産も、すべてを放棄する方法です。明らかに故人には借金の方が多い場合などに選択します。
  • 限定承認:引き継いだプラスの財産の範囲内でのみ、借金を返済するという方法です。手続きが非常に複雑なため、利用されるケースは稀です。

最も注意すべきは、何もしなければ自動的に「単純承認」になるという点です。後から多額の借金が発覚しても、原則としてその返済義務を免れることはできません。

手続きは家庭裁判所で

もし「相続放棄」または「限定承認」を選択する場合は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に、故人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に「申述」という手続きを行う必要があります。この期限は厳格に適用されますので、注意が必要です。

【4ヶ月の壁】故人の所得税を申告・納税する「準確定申告」

相続に関する意思決定とは別に、税金に関する手続きも発生します。その一つが、故人の最後の所得税の申告である「準確定申告」です。

確定申告は、通常、前年1年間の所得について、翌年の3月15日までに行います。 準確定申告とは、故人が亡くなったその年(1月1日から死亡日)の所得と、それに対する所得税を計算し、相続人が代わって申告・納税する手続きのことです。

どんな場合に必要か?

故人が生前、確定申告をしていた場合は、準確定申告も必要になる、と考えると分かりやすいでしょう。具体的には、以下のようなケースが該当します。

  • 故人が自営業や農業、不動産(家賃など)の所得があった場合
  • 給与所得者であっても、給与の収入金額が2,000万円を超えていた場合
  • 給与を2ヶ所以上から受け取っていた場合
  • 給与所得や退職所得以外に、20万円を超える所得があった場合 など

逆に、故人が給与所得のみで、会社で年末調整が済んでいる場合や、公的年金のみの収入で、その収入金額が400万円以下であった場合などは、原則として準確定申告は不要です。 ただし、多額の医療費を支払っていた場合などは、申告することで払い過ぎた税金が戻ってくる(還付される)可能性もあるため、申告した方が有利になるケースもあります。

期限は4ヶ月以内

準確定申告の期限は、**相続の開始を知った日の翌日から4ヶ月以内**と定められています。 申告書は、故人の死亡当時の住所地を管轄する税務署に提出します。相続人が複数いる場合は、原則として全員が連名で申告書を提出する必要があります。

【10ヶ月の壁】最も重要。「相続税」の申告と納税

死後の手続きの中で、最も多くの人が気にされ、経済的影響が大きいのが「相続税」です。この申告と納税にも、厳格な期限が定められています。

相続税は、誰でも払うわけではない

まず、大前提として知っておくべきは、相続が発生したからといって、必ずしも相続税がかかるわけではない、ということです。

相続税には「基礎控除」という、税金がかからない非課税枠が設けられています。その金額は、以下の計算式で算出されます。

基礎控除額 = 3,000万円 +(600万円 × 法定相続人の数)

例えば、相続人が配偶者と子ども2人(計3人)の場合、基礎控除額は「3,000万円+(600万円×3人)=4,800万円」となります。 故人の遺産総額(預貯金、不動産、有価証券などを評価した合計額)が、この基礎控除額を下回っていれば、相続税の申告も納税も一切不要です。国税庁の統計によれば、実際に相続税の申告が必要となるのは、亡くなった方全体の約1割弱にとどまります。

申告・納税の期限は10ヶ月

もし、遺産総額が基礎控除額を超える場合は、相続税の申告と納税が必要になります。 その期限は、**相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内**です。

この10ヶ月という期間は、一見すると長く感じられるかもしれません。しかし、その間に、全ての相続財産を正確に評価し、相続人全員で遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」をまとめるなどしたうえで、たくさんの申告書類を作成しなければなりません。実際には、非常にタイトなスケジュールです。

申告が必要なケースの注意点

専門家として、一つ注意点を補足します。 相続税には、「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」といった、税額を大幅に減らすことができる特例があります。これらの特例を使った結果、最終的な納税額がゼロになるというケースは少なくありません。

しかし、重要なのは、たとえ納税額がゼロになる場合でも、これらの特例を適用するためには、期限内に「申告」そのものを行う必要がある、ということです。「納税がないから申告も不要」と誤解しないよう、注意が必要です。


おわりに:期限の把握と、専門家への早期相談の重要性

今回は、ご逝去後1年以内に訪れる、特に重要な「3つの期限」について解説しました。

  • 3ヶ月:相続放棄の決断
  • 4ヶ月:準確定申告
  • 10ヶ月:相続税の申告・納税

これらの期限は、いずれも法律で定められた、とても重要なものです。 そして、これらの手続きは、財産調査や税額計算など、専門的な知識を要する場面が少なくありません。もし、少しでも「自分たちだけでは難しいかもしれない」と感じたら、決して一人で抱え込まず、できるだけ早い段階で専門家に相談することをお勧めします。

相続放棄や遺産分割協議については司法書士や弁護士へ、税金の申告については税理士へ。専門家の力を借りることは、期限を遵守しご家族の権利と財産を守るための、最も賢明な選択です。

執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ