はじめに:母・春子さんの「お金と相続」への想い
「対話で学ぶ終活」シリーズ、いよいよ最終回です。 前回の記事では、「親に財産目当てだと誤解されずに、どうすれば相続の話を切り出せるか」と悩む、子の立場からのご相談を取り上げました。
今回は、そのお母様ご自身の視点から、この最もデリケートなテーマにどう向き合おうとしているのか、について見ていきます。 ※本記事で展開される対話は、専門家が日々受けるご相談内容を基に、読者の皆様の理解を深める目的で構成したフィクションです。
【登場人物】
- 相談者:佐藤 春子さん(78歳)
- 聞き手:終活専門家
ご相談:「迷惑をかけたくない」からこそ、話したいけれど話せない
終活専門家: 「本日は、シリーズの締めくくりとしてお話を伺います。テーマは『お金・相続』についてですね」
春子さん: 「はい。息子の健一は、優しい子ですから、自分からお金の話を切り出すようなことはありません。ですが、親として、あの子に迷惑がかからないように、自分の財産のことをきちんと整理して、想いを伝えておくのが最後の責任だと思っているんです」
終活専門家: 「素晴らしいお考えですね。息子さんを深く思っていらっしゃる」
春子さん: 「ただ、いざ『遺言』や『相続』の話を切り出そうとすると、どうにも言葉が詰まってしまって…。なんだか、いかにも『死ぬ準備をしています』と宣言するようで、息子を悲しませたり、場の空気を重くしたりするのではないか、と考えてしまうのです。この話を、湿っぽくならずに、前向きな形で伝えるには、どうすれば良いのでしょうか」
終活専門家: 「承知いたしました。息子さんに負担をかけたくない、というお気持ち、とてもよく分かります。親御様が、お子様への深い配慮から、かえって大切な話を切り出せずにいる。これもまた、実に多く見られるケースです。」
専門家のアドバイス①:なぜ親は「お金の話」を切り出しにくいのか
終活専門家: 「そのためらいの背景にあるものを、少し整理してみましょう。親御様がご自身から相続の話を切り出せない場合、そこには主に3つの心理的な要因が考えられます」
春子さん: 「私の気持ち、についてですか」
終活専門家: 「はい。一つ目は、この話題をご自身から始めることは、『私は、自分の死を意識し、その準備をしています』と伝えることにほかなりません。それによって、息子さんを過度に心配させたり、悲しませたりするのではないか、という配慮が、ためらいを生みます」
春子さん: 「…おっしゃる通りです。」
終活専門家: 「二つ目は、これまでご家庭の中で、お金の話をオープンにしてこなかった場合、親であるご自身がその慣例を破ることに、無意識の抵抗を感じることがあります」
終活専門家: 「そして三つ目が、子の反応に対する不安です。たとえ大人になった息子さんでも、この話題にどう反応するのかが予測できない。そのこともまた話を切り出すことをためらわせます」
春子さん: 「本当に、そうですね。親としてしっかりしなければ、と思う反面、話した後の重い空気を恐れていました。」
終-活専門家: 「はい。まず重要なのは、春子さんのそのためらいが、決断力の問題ではなく、息子さんを深く思いやるがゆえの、愛情の表れであると、ご自身で認識することです。その上で、次にお互いがつらくならない、具体的な伝え方を考えていきましょう」
3. 専門家のアドバイス②:親が主導する、前向きな「相続の伝え方」
終活専門家: 「そのお気持ちをご自身で理解された上で、春子さんが主導権を持ってこの話を前向きに進めるための、具体的な3つのステップを考えていきましょう」
春子さん: 「私が、主導権を…」
終活専門家: 「はい。まず、最初のステップとしては、感謝と自身の想いを率直に伝える場を設けることです。例えば、『いつも気にかけてくれてありがとう。あなたに迷惑をかけないのが、母親としての私の最後の責任だと思っているの。だから、そのために準備したことを、一度、きちんと報告させてほしい』という形で切り出します」
春子さん: 「感謝と自身の想いを伝える、ですか」
終活専門家: 「そうです。そして次のステップは、いよいよ本題の話ですが、ここでは感情を排して、あくまでも『情報共有』に徹する姿勢でのぞむほうがよいでしょう。事前の準備として、どの銀行に口座があるか、保険はどれか、といった簡単な財産の一覧表を用意しておきます。そして、『これは、手続きに必要な情報のリスト。誰に何を、という私の想いは、ここに保管してある遺言書に全て書いてあります。今日は、この情報のありかを共有しておきたくて』という流れで伝えられればベストです」
終活専門家: 「そして最後に、未来への想いで締めくくることです。『こうしてきちんと整理ができて、私も肩の荷が下りたわ。これからは何も心配せず、安心して、あなたや孫たちとの時間を楽しみたいから』と。この準備が、これからの人生をより豊かに生きるためのものである、という前向きな姿勢で話を終えるのです」
春子さん: 「なるほど…。私から『責任として報告する』という形をとれば、話が湿っぽくならないのですね。そして、未来のための、前向きな話として切り出す…。これなら、私にもできそうです」
おわりに:今回のまとめと、シリーズ全体の総括
終活専門家: 「親である春子さんご自身が、『未来のための、前向きな報告』という形で主導権を握ることで、相続の話は、むしろ家族の絆を深める良い機会となり得ます」
春子さん: 「そうですね。息子が心配している『手続き』のことと、私が大切にしたい『気持ち』のこと、両方を満たすことができる気がします。勇気が出ました。ありがとうございました」
【終活に関する親子間対話シリーズの総括として】
全6回にわたる「対話で学ぶ終活」シリーズは、今回をもって完結です。 私たちは、介護、実家の片付け、そしてお金・相続という3つのテーマについて、子・健一さんと、母・春子さん、双方の視点からその心の声に耳を傾けてきました。
そこから見えてきたのは、利害の対立ではなく、**愛情のすれ違い**でした。 親を想うがゆえに、つい先回りして「問題解決」を急いでしまう子。 子を想うがゆえに、「迷惑をかけたくない」と本音を明かせない親。 どちらも、その根底にあるのは、紛れもない家族への愛情です。
終活におけるコミュニケーションの本当の目的は、単なる手続きの引継ぎではないのかもしれません。 それは、これまでなかなか言葉にできなかった感謝や、それぞれの人生への敬意を伝え合う、親子にとって最後の、そして最も大切な対話の時間そのものです。
この記事が、終活に関しての円滑な家族間コミュニケーションの一助になれば幸いです。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)