はじめに:最も切り出しにくいテーマ「お金と相続」
「対話で学ぶ終活」シリーズの最終テーマを扱います。介護、実家の片付けも重要な問題ですが、それ以上に、多くの子どもが「最も切り出しにくい」と感じるのが、この「お金と相続」の話ではないでしょうか。
今回は、子の立場から、このデリケートな問題をどう親に切り出せば良いのかを考えていきます。 ※本記事で展開される対話は、専門家が日々受けるご相談内容を基に、読者の皆様の理解を深める目的で構成したフィクションです。
【登場人物】
- 相談者:佐藤 健一さん(52歳)
- 聞き手:終活専門家
ご相談:「相続」の話をしたいが、「がめつい」と思われそうで聞けない
終活専門家: 「本日は『お金・相続についての話をスムーズに親に切り出すにはどうしたらいいか』というご相談ですね」
健一さん: 「はい、よろしくお願いします。最初に申し上げておくと、べつに母の遺産を当てにしている、という話ではないのです。そうではなく、母に急に万が一のことがあった際、例えば相続税の申告が必要になるのか、また、そもそもどの金融機関に口座があるのかといった、手続き上、最低限の情報は把握しておく必要があるのでは、と感じています。遺言書の有無なども、気になるところです」
終活専門家: 「手続きをスムーズに進めるための、事前準備ということですね。とても大事なことです。」
健一さん: 「しかし、『お金』や『遺言』の話を切り出すことで、母が死ぬのを待っているかのように思われることを懸念しており、話を切り出すきっかけが見つからない状況です。誤解なく話を進めるための、アプローチについてご教示いただけますでしょうか」
終活専門家: 「承知いたしました。お金のことというのは、終活におけるコミュニケーションのなかでも最も難しい部類の問題です。佐藤さんと同じように、お話を切り出せずに悩んでいらっしゃる方は、非常に多くいらっしゃいます。なぜこの会話がこれほどまでに難しいのか、まずはその構造から見ていきましょう」
専門家のアドバイス①:なぜ「お金の話」はタブー視されるのか
終活専門家: 「この話題が親子間、特に子から親へ切り出すのがタブー視されやすい背景には、主に3つの心理的・文化的な障壁が存在すると考えられます」
健一さん: 「3つの障壁、ですか」
終活専門家: 「はい。一つ目は、『死との直結性』です。相続の話は、その性質上、どうしても親御さんの『死』を前提とします。話題にする側も、される側も、その事実を無意識に意識してしまうため、会話を切り出すのに強い心理的な抵抗感が生まれます」
健一さん: 「確かに、『万が一』という言葉を使っても、それは母の死を指しているわけですからね…」
終活専門家: 「二つ目は、『お金にまつわる文化的なタブー』です。特に日本では、親族間であっても、資産の話をあからさまにすることを『品がない』『はしたない』と捉える文化的な側面が根強くあります。そのため、相続を純粋な事務手続きとして、ドライに話すこと自体が難しいのです」
終活専門家: 「そして三つ目が、『家計のプライバシー』の問題です。親御さんにとって、ご自身の資産状況は、それまでの人生の集大成とも言える、とてもプライベートな領域です。そこに、たとえ子どもであっても踏み込まれたくない、という意識をお持ちの場合も少なくありません」
健一さん: 「なるほど…。死、文化、そして母個人のプライバシーと、様々な要素が絡み合っているのですね。考えていた以上に、複雑な問題だということが分かりました」
終活専門家: 「はい。この『心理的』『文化的』『個人的』という三重の障壁があるため、何の工夫もなく直接的に切り込むことは、得策ではありません。これらの点を踏まえた上で、心理的な抵抗感をできるだけ少なくする切り出し方を考えていきましょう」
専門家のアドバイス②:誤解を生まない「聞き出し方」3つのステップ
終活専門家: 「まず重要なのは、健一さんご自身の『知りたい』という気持ちを主軸にしないことです。そのうえで具体的な3つのステップを考えていきましょう」
健一さん: 「私自身の気持ちを主軸にしない、ですか」
終活専門家: 「はい。最初のステップは、第三者の話を切り出すきっかけにすることです。例えば、『先日、会社の福利厚生セミナーで相続の話を聞いたら、事前の準備が家族を守ると専門家が言っていたんだ。それを聞いて、僕が何も知らないままだと、いざという時に母さんに迷惑をかけてしまうかもしれない、と気付いてね。僕自身の勉強のために、基本的なことを少し教えてもらえないかな?』という具合です。これにより、話の動機が『息子の責任感』となり、親御さんも聞き入れやすくなります」
健一さん: 「なるほど。きっかけを外部に求めるのですね」
終活専門家: 「そうです。そして次のステップは、質問を『金額』ではなく『手続き』に限定することです。『資産はいくらあるか』というような直截的な聞き方でなく、『主に使っている銀行は、〇〇銀行で合っているかな?』『遺言書というのは、準備してあるのかな? 中身を聞きたいわけではなくて、その有無と保管場所を知っておくだけで、万が一の時の手続きが全然違うそうなんだ』と、あくまで手続きに必要な情報に絞って聞いていくのです」
終-活専門家: 「そして最後のステップは、遺す側のメリットを提示することです。『遺言書というのは、残された家族が揉めないように、お母さんの最後の想いを確実に実現するための、法的な効力を持った手紙のようなものなんだって』というように、遺言が、ご本人にとって大切なものである、という視点を伝えるのです」
健一さん: 「大義名分を立て、手続き論に徹し、母自身のメリットを伝える…。具体的な会話の道筋が見えました。これなら、誤解されるリスクをかなり減らせそうです」
終活専門家: 「はい。重要なのは、あくまで親御さんを主役とし、お子様は『手続き上のサポート役』である、というスタンスを貫くことです」
おわりに:今回のまとめ
終活専門家: 「重要なのは、ご自身の知りたいという気持ちを前面に出すのではなく、『手続きのため』『家族が困らないため』そして『お母様の想いを実現するため』という、一貫して相手を主役にしたスタンスで臨むことです」
健一さん: 「理解しました。あくまで『手続き論』に徹し、大義名分を立てて話す。そして、母自身のメリットを提示する。具体的な会話の道筋が見えたことで、この件に向き合う覚悟ができました。ありがとうございます」
終活専門家: 「いえ、どういたしまして。健一さんのお気持ちが、きっとお母様に伝わることを願っております」
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)