【対話で学ぶ終活④】片付け編・後編「捨てないで!」と言う親の胸の内。専門家が答えます

終活

はじめに:今回のテーマと相談者・春子さん

前回の記事では、モノが溢れる実家を心配する、息子・健一さん(52歳)のお悩みを取り上げました。「安全のために片付けたいのに、母が『全部大切なもの』と言って協力してくれない」という、子の立場からのご相談でした。

今回の後編では、そのお母様である、佐藤春子さん(78歳)ご自身の視点から、この問題について考えていきます。 ※本記事で展開される対話は、専門家が日々受けるご相談内容を基に、読者の皆様の理解を深める目的で構成したフィクションです。

【登場人物】

  • 相談者:佐藤 春子さん(78歳)
  • 聞き手:終活専門家

ご相談:「安全」を理由に、思い出まで捨てられてしまいそう

終活専門家: 「本日は、息子の健一さんとの『片付け』についてのご相談ですね」

春子さん: 「はい。息子の健一が、私の家のモノの多さを心配してくれていること自体は、よく理解しているつもりです。ありがたいことだ、と」

終活専門家: 「なるほど」

春子さん: 「ですが、どうもあの子の言う『片付け』というのは、私がこれまで大切にしてきた物を、ただの『不要品』として処分することのように聞こえてしまうのです。私にとっては、この食器棚のカップ一つにも、夫との思い出が詰まっています。息子にそれを『危ないから捨てよう』と言われると、私の人生そのものを否定されたような気持ちになってしまって…。この価値を息子に理解してもらい、穏やかに話を進める方法はないものでしょうか」

終活専門家: 「承知いたしました。息子さんが『機能的な価値(安全か否か)』でモノをご覧になっているのに対し、春子さんは『感情的な価値(思い出そのもの)』でモノをご覧になっている。この根本的な価値基準の違いが、対話のすれ違いを生んでいるのですね。これは、多くのご家庭で起こる問題です」

専門家のアドバイス①:子の「片付け提案」の背景にあるものを理解する

終活専門家: 「その認識のズレを埋めるために、まずは息子さんの提案の背景にあるものを、いっしょに考えてみましょう。お子様が実家の片付けを切り出す時、その動機は主に2つ考えられます」

春子さん: 「息子が考えていること、ですか」

終活専門家: 「はい。一つ目は、心配という形をとった、息子さんなりの愛情表現です。お子様にとって、親御さんの安全は、元気でいてくれるかどうかの最も分かりやすい「指標」です。ですから、『転倒リスクを減らしたい』『防災面を改善したい』という発想は、『お母さんに一日でも長く、元気に暮らしてほしい』という願いの、直接的な表れと見て取れます」

春子さん: 「愛情表現…」

終活専門家: 「そして二つ目は、これは子世代にとって非常に現実的な問題ですが、将来の負担に対する不安です。もし春子さんが急に倒れたり、万が一のことがあったりした場合、この家にあるすべてのモノを整理するのは、最終的には息子さんになります。悲しみに暮れる中で、膨大な量の遺品整理をしなければならないという状況は、想像以上の精神的・肉体的負担です。息子さんは、その未来を想像し、不安を感じているのです」

春子さん: 「あの子自身の、将来の不安…。私の気持ちを分かってくれない、とばかり思っていました。でも、あの子も、自分の将来のことを考えると不安なのですね…。それは、そうかもしれません」

終-活専門家: 「ですから、息子さんの提案は、春子さんの思い出を軽んじているのではなく、『今の春子さんへの愛情』と『将来の自分への不安』が原動力になっている、と捉えることができます。この構造をご理解いただくと、次の具体的な対話のステップに進みやすくなります」

専門家のアドバイス②:親の想いを守りながら、子を安心させる「伝え方」

終活専門家: 「息子さんの気持ちの背景をご理解いただけたところで、では、春子さんの想いを守りながら、息子さんを安心させるための具体的な伝え方を3つのステップで考えていきましょう。大切なのは、親である春子さんご自身が、この片付けの主導権を握ることです」

春子さん: 「私が、主導権を…」

終-活専門家: 「はい。最初のステップは、息子さんの心配に、まず理解と感謝を示すことです。『モノを捨てるのは嫌』と反発するのではなく、まず『いつも安全を心配してくれて、ありがとう。あなたの気持ちは、とても嬉しい』と、息子さんの気持ちを肯定的に受け止める言葉から始めるのです。これにより、息子さんは『話を聞いてもらえた』と感じ、冷静に対話を始めることができます」

春子さん: 「まず、ありがとう、と伝えるのですね」

終活専門家: 「次のステップは、『思い出の継承』として、協力を依頼することです。ここが最も重要なポイントですが、『片付けを手伝って』ではなく、『あなたが知らない、お母さんの思い出の品を整理したいから、少し手伝ってくれる?』と、目的を置き替えるのです。そして、一緒に作業をしながら、『この器は、あなたが小さい頃、運動会のお弁当を入れていたものよ』というように、モノにまつわる物語を語って聞かせる。これはもはや『モノの処分』ではなく、『思い出の継承』という、親子にとってとても意味のある共同作業になります」

終活専門家: 「そして、最後に、聖域(サンクチュアリ)を明確に宣言することです。例えば、『この本棚にある本だけは、お父さんとの大切な思い出だから、最後に一緒に整理しましょうね』というように、どうしてもすぐに触れられたくない領域を、事前に『聖域』として伝えておく。これにより、春子さんは心の安全地帯を確保でき、息子さんもどこから手をつけて良いか分かるようになります」

春子さん: 「なるほど…。私がただ守りに入るのではなくて、私から『思い出の整理』として息子を誘えばよかったのですね。それなら、穏やかに話せそうな気がします」


おわりに:今回のまとめ

終活専門家: 「その通りです。親がただ守りに入るのではなく、自ら主導権を握り、子に『思い出の継承のパートナー』になってもらう。この姿勢が、対立を協力に変える鍵となります」

春子さん: 「ありがとうございます。『ガラクタ』だなんて思われたくない、という私の意地が、話をこじらせていたのかもしれません。息子と、思い出の話をしてみようと思います」

終活専門家: 「ええ、きっと素晴らしい時間になりますよ」

執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ