はじめに:今回のテーマ「実家の片付け」
このシリーズでは、終活におけるコミュニケーションの課題について、親子それぞれの視点から考えていきます。 ※本記事で展開される対話は、専門家が日々受けるご相談内容を基に、読者の皆様の理解を深める目的で構成したフィクションです。
今回のテーマは、多くのご家庭で親子間の火種となりがちな「実家の片付け」です。では、子どもの立場からのご相談を見ていきましょう。
【登場人物】
- 相談者:佐藤 健一さん(52歳)
- 聞き手:終活専門家
ご相談:「全部大切なもの」と言う親と、子の現実的な懸念
終活専門家: 「本日は『実家の片付け』についてのご相談ですね」
健一さん: 「はい、よろしくお願いします。78歳になる母が一人で暮らす実家なのですが、年々モノが増え続けておりまして。防災上の観点や、転倒のリスクなどについて懸念しています」
終活専門家: 「なるほど。お子様としては、ご心配な状況ですね」
健一さん: 「はい。そこで、片付けを提案しているのですが、母は『全部大切なものだから』『勝手に触らないでほしい』と言うばかりで、話が全く進まないのです。こちらの懸念を伝えても、感情的になるだけで、議論にならない。この状況をなんとかしたいのですが」
終活専門家: 「承知いたしました。それは、お子様の視点から見た安全・機能性の問題と、親御様の視点から見た『モノへの愛着』の問題が、正面からぶつかっている典型的なケースです。この状況を前に進めるためには、まず、親御さんがなぜそれほどまでにモノを大切にされるのか、その心理的な背景を探ることから始める必要があります」
専門家のアドバイス①:モノを捨てられない親の「心理的背景」
終活専門家: 「私たちがご相談を受ける中で、高齢の方が片付けに抵抗感を示される場合、そこには主に3つの心理が働いていると感じます」
健一さん: 「3つの心理、ですか」
終活専門家: 「はい。一つ目は、**モノ=自分が生きてきた証**という認識です。はたから見れば不要なモノでも、お母様にとっては、一つひとつがご自身の人生や大切な思い出と結びついた、いわば『生きてきた証』そのものなのです。それを手放すことは、過去の自分の一部を消去するような感覚に近いのかもしれません」
健一さん: 「モノが、人生の証…」
終活専門家: 「二つ目は、**片付け=能力低下の受容**という側面です。『片付けてあげる』というお子様からの提案は、親切心からだと分かっていても、無意識に『あなたはもう自分で管理できませんね』というメッセージとして受け取られてしまうことがあります。これは、ご本人の自尊心を傷つける可能性があります」
終活専門家: 「そして三つ目が、『もったいない』という世代的な価値観です。特に、モノが豊かではなかった時代を経験された世代にとって、まだ使えるモノを捨てるという行為は、合理性の問題を超えた、強い抵抗感があるのです。使っているか・いないか、という機能的な判断軸だけでは、この価値観を乗り越えることは難しいでしょう」
健一さん: 「なるほど。単なる抵抗ではなく、自己のアイデンティティや価値観の防衛反応でもある、と。私は完全に機能面からしかモノを見ていませんでした。すれ違いの構造が理解できました」
終活専門家: 「はい。したがって、健一さんから見た『安全のための合理的な提案』が、お母様にとっては『人生・能力・価値観への三重の否定』と受け止められかねない。この認識のズレを理解することが、まず全ての出発点となります。その上で、次に対立を生まない具体的な進め方を考えていきましょう」
専門家のアドバイス②:対立を生まない「片付けの進め方」3つのステップ
終活専門家: 「親御さんの心理的背景を理解した上で、では具体的にどう手をつけるべきか。感情的な対立を避け、合理的に進めるための3つのステップをご提案します。重要なのは、『部屋ごと』ではなく『モノの種類ごと』に進めることです」
健一さん: 「モノの種類ごと、ですか」
終活専門家: 「はい。最初のステップは、『重要情報の整理』です。これは、片付けの大前提となる最優先事項です。通帳や印鑑、保険証券、不動産の権利証といった重要書類がどこにあるのか。また、各種サービスのIDやパスワードといった重要情報。これらをまず親子で一緒に確認し、一覧化して一箇所にまとめておくだけでも、万が一の時の安心感が全く違います。これは『捨てる』作業ではないため、親御さんも協力しやすいはずです」
健一さん: 「確かに、まずはそこからなら、抵抗なく始められそうです」
終活専門家: 「次のステップは、『カテゴリー別の見える化』です。部屋の一部から手を付けると、思い出の品が出てきてすぐに手が止まってしまいがちです。そうではなく、例えば『衣類』『家電』『文房具』といったカテゴリーごとに、家中のモノを一箇所に集めてみます。そして、現在使っているモノと、何年も使われていないモノを、客観的な事実として『見える化』するのです。こうすることで、親御さん自身が『こんなに同じようなものがあったのか』『これはもう何年も使っていなかったな』と、ご自身の持ち物を客観的に把握するきっかけになります」
終活専門家: 「そして、最後は、『思い出の品の取り扱い』です。写真や手紙、趣味の作品といった、感情的な価値が最も高いモノは、最後に回します。そして、ここでの目的は『捨てる』ことではありません。無理に処分を迫ることは避けましょう。その代わりに、『このアルバムの中で、特に一番大切な写真はどれ?』『この箱の中で、どうしても残しておきたい手紙は?』と問いかけ、カテゴリーごとに特に思い入れの強い品を選んでもらうのです。選ばれなかったモノも、すぐに捨てる必要はありません。まずは「とりわけ思い入れが強いもの」と「そこまでではないもの」に分けるだけでも、大きな進歩です」
健一さん: 「なるほど…。重要情報整理→カテゴリー別の見える化→思い出の品の厳選、という順序ですね。これなら、感情的な対立を避け、冷静に、かつ合理的に進められそうです」
終活専門家: 「その通りです。このプロセスを通じて、親御さん自身に『自分の持ち物を、自分でコントロールしている』という感覚を持ってもらうことが、何よりも大切なのです」
おわりに:今回のまとめ
終活専門家: 「重要なのは、親御さんのテリトリーと所有権、そしてモノに宿る想いを尊重することです。『捨てる』という目的から、『安全で快適な空間を、一緒に作る』という目的に切り替え、あくまでご本人の意思決定をサポートする『伴走者』に徹する、という意識が大切になります」
健一さん: 「理解しました。私が『捨てる』という結果ばかりを求めていたことが、問題の根源だったのですね。『重要情報の整理』から始め、『カテゴリー別の見える化』で客観的な事実を共有し、『思い出の品は厳選する』というステップを踏む。非常に合理的で、これなら母との無用な対立を避けられそうです。ありがとうございました」
終活専門家: 「どうぞ急ぎ過ぎずに、一歩一歩進めていってみてください」
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)