はじめに:今回の相談について
今回から、新しいシリーズ「対話で学ぶ終活」を始めます。終活におけるコミュニケーションの課題について、親子それぞれの視点から考えていきます。
本シリーズで展開される対話は、専門家がこれまで受けてきたご相談内容を基に、読者の皆様の理解を深める目的で構成したフィクションです。登場人物は架空の人物ですが、多くの方に共通する悩みをテーマとして取り上げています。
第1回は「介護」をテーマに、子の立場からのご相談を見ていきましょう。
【登場人物】
- 相談者:佐藤 健一さん(52歳)。地方で一人暮らしをする母・春子さん(78歳)の今後について、検討を始めた。
- 聞き手:終活専門家
ご相談:「まだ大丈夫」と言う親と、話を進めたい子
健一さん: 「78歳になる母の件での相談です。一人暮らしで、最近少し物忘れなども見られるため、将来的なことも考え、一度、公的介護保険の要介護認定といった話をしておきたいと考えています」
終活専門家: 「将来を見据えた、大切なお考えですね」
健一さん: 「しかし、母にその話を切り出しますと、『まだ大丈夫』の一点張りでして。『年寄り扱いしないでほしい』と、あまり機嫌が良くなく、そこから話が前に進まない、という状況です。このような場合、話を前に進めるための、何か良いアプローチはありますでしょうか」
終活専門家: 「承知しました。ご相談の件は、多くのご家庭で聞かれる典型的なケースの一つです。親子間であっても、介護の話はとてもデリケートな問題ですから」
健一さん: 「そうですか。やはり、皆さん同じようなことで…」
終活専門家: 「はい。そして、その状況を打開する鍵は、まずお母様がなぜ『大丈夫』とおっしゃるのか、その心理的な背景を理解することにあります。そこから考えていきましょう」
専門家のアドバイス①:親の「大丈夫」に隠された“3つの本音”
終活専門家: 「親御さんが介護の話題に対して『大丈夫』と返される時、その言葉の裏には、多くの場合、共通する3つの“本音”が隠されています」
健一さん: 「3つの本音、ですか」
終活専門家: 「はい。一つ目は、**自立を失うことへの恐怖**です。お母様にとって、『介護を受ける』という言葉は、『自分の生活の自由がなくなり、人の指図を受けなければならなくなる』というイメージに直結しているのかもしれません」
健一さん: 「自由がなくなる…」
終活専門家: 「ええ。二つ目は、『子どもに迷惑をかけたくない』という親心です。これは逆説的なのですが、助けが必要だと認めること自体が、子どもに心配や負担をかける行為だと感じていらっしゃるのです。だからこそ、つい大丈夫と強がってしまう」
終活専門家: 「そして三つ目が、**まだ自分は衰えてはいない、というプライド**です。ご自身の心身の衰えを認めることは、誰にとっても辛いことです。『介護認定』という言葉が、その現実を突きつけられるようで、無意識に抵抗を感じてしまう。これら3つが、複雑に絡み合っていると考えられます」
健一さん: 「なるほど…。私は手続き上の必要性ばかり考えていて、母の気持ちについて、しっかりと汲み取れていませんでした。恐怖心、迷惑をかけたくないという想い、そしてプライドですか…」
終活専門家: 「その通りです。ですから、『今のうちにやった方が効率的だ』とか『客観的に見て、あなたは支援が必要だ』といった正論で説得しようとしても、かえって反発を招くことが多いのです。まず必要なのは、解決策を提示することではなく、そうしたお母様のお気持ちに理解を示す姿勢です」
専門家のアドバイス②:切り出し方の具体的な「3つの話し方」
終活専門家: 「そのお気持ちを前提とした上で、では具体的にどう話を切り出せばいいか、そのアプローチを考えてみましょう。焦って結論を求めるのではなく、まずはお母様が安心して話を聞ける状況を作ることが目標です。具体的な方法として、3つのステップが考えられます」
健一さん: 「3つのステップ、ですか。」
終活専門家: 「はい。一つ目は、会話の主語を『あなた(お母様)』から『私(健一さん)』に変えてみることです。『お母さんが心配だから、認定を受けてほしい』と伝えると、どうしても相手を説得する形になります。そうではなく、『僕が安心したいから、もしもの時に使える制度のことを、一緒に勉強させてくれないかな?』と切り出すのです。あくまで自分のため、というスタンスですね」
健一さん: 「なるほど、主語を私にする…」
終活専門家: 「二つ目は、第三者の話題を“クッション”にすることです。いきなり親自身の話をするのではなく、『会社の同僚のお母さんが、最近デイサービスに通い始めたら、友達ができてすごく楽しそうだ、と聞いてね』といったように、まずは一般論や他人の話として、介護サービスのポジティブな情報を提供してみるのです」
終活専門家: 「そして三つ目が、『権利を使う』という前向きな目的を提示することです。介護保険は、私たち全員が40歳から保険料を納めている、公的な保険制度です。『介護=弱さの証明』ではなく、『これまで保険料を払ってきたんだから、使える権利はしっかり確認して、これからも元気に自立して暮らすために活用しよう』と、ポジティブな目的を提示してあげるのです」
健一さん: 「『僕が安心したいから』と伝え、『同僚の話』をきっかけに、『元気に暮らし続けるための権利』として話してみる…。こちらの要望を一方的にぶつけるのではなく、相手が話を聞く態勢を作り出す、ということですね。これなら、私にも試せそうです」
終活専門家: 「そうですね、大切なのは、まずは対話を始めることです。ぜひ、佐藤さんが一番やりやすいと感じる方法から試してみてください」
おわりに:今回のまとめと、後編(母親の視点)への予告
終活専門家: 「介護のコミュニケーションで最も大切なのは、正論で相手を説得することではなく、まずはお互いが安心して話せる関係性を築くことです。今回お話しした3つのアプローチが、そのためのきっかけになればと思います」
健一さん: 「はい。これまで私は『何をすべきか』という手続き論にばかり目がいっていましたが、大切なのは『母の気持ちを汲んで、どう働きかけるか』だったのですね。具体的な話し方が分かったことで、少し光が見えた気がします。」
【予告】
今回、息子の健一さんは、対話への新たな一歩を踏み出すヒントを得ました。 では、一方の母・春子さんは、息子の言葉を、そしてご自身の老いを、本当はどのように感じているのでしょうか。彼女が口にする「まだ大丈夫」の言葉の裏には、息子には言えない、どんな想いや不安が隠されているのでしょう。
次回、**介護編【後編:母・春子さんの相談】**ではその視点から見ていきたいと思います。
執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ)