『親と自分のために知っておきたい「介護のリアル」。公的保険と施設、お金の話

終活

はじめに:漠然とした「介護の不安」を「具体的な備え」に変えるために

「介護」――。 40代、50代、そしてそれ以上の世代にとって、この言葉は漠然と、そしてずっしりと重い不安を伴って心に響くのではないでしょうか。

「親の介護は、いつから、どう始まるのだろう?」 「もし自分が介護される側になったら、一体いくらかかるのか?」 「仕事と両立できるのか、誰が面倒を見ることになるのか…」

考え始めるときりがなく、しかし目を背けるわけにもいかない。多くの方が、そんな複雑な心境を抱えているかと思います。

しかし、その不安の大部分は、介護の「リアル」を知らないことから来ています。どんな公的制度が自分たちを支えてくれるのか。どんな選択肢があり、それぞれにどれくらいの費用がかかるのか。こうした「知識」を持つことで、漠然とした不安は、「具体的な備え」へと変えることができるのです。

この記事では、介護の全体像を掴むために不可欠な、**公的介護保険という「制度」、在宅と施設の「場所」と「お金」、そして一人で抱え込まないための「家族や専門家との連携」**について、専門家の視点から基礎の基礎から分かりやすく解説していきます。

親のため、そして自分自身の未来のため。不安を安心に変えるための第一歩を、一緒に踏み出しましょう。

まず知るべき土台。公的介護保険のキホン

「介護」と聞くと、すぐに費用や施設、家族の負担といった具体的な悩みが頭に浮かびますが、その大前提として、私たち全員を支えてくれる社会のセーフティネットがあります。それが**公的介護保険制度**です。この制度を正しく理解することが、介護への備えの全ての土台となります。

介護保険ってどんな制度?

公的介護保険は、高齢者の介護を社会全体で支え合うための「社会保険制度」です。

  • 保険料を支払う人:日本に住む40歳以上の方全員
  • サービスを受けられる人:原則として65歳以上の方(第1号被保険者)、または40歳~64歳で特定の病気(末期がん、関節リウマチなど16種類)が原因で介護が必要になった方(第2号被保険者)

ここで最も重要なポイントは、介護サービスは、65歳になったら自動的に利用できるわけではない、ということです。サービスを利用するためには、お住まいの市区町村の窓口に申請し、「あなたの心身の状態は、どのくらいの介護を必要としますか」という客観的な審査・認定を受ける必要があります。これを**要介護認定**と呼びます。

何が違う?「要支援」と「要介護」7つの段階

要介護認定では、その人がどの程度の介護を必要とするかによって、以下の7つの段階(区分)に分けられます。この区分によって、利用できるサービスの種類や量が変わってきます。

  • 自立:介護保険の対象外。

  • 要支援1:日常生活の動作はほぼ一人でできるが、掃除などで一部手伝いが必要な状態。
  • 要支援2:立ち上がりや歩行に不安定さが見られるなど、要支援1より少し手伝いが必要な状態。
    • (※「要支援」は、”将来、要介護状態にならないための予防”という位置づけです)

  • 要介護1:排泄や入浴などで一部介助が必要。立ち上がりや歩行に支えが必要な状態。
  • 要介護2:排泄や入浴などに加え、身だしなみや掃除などにも介助が必要。歩行に支えが必要な状態。
  • 要介護3:排泄、入浴、着替えなど、日常生活の多くの場面で全面的な介助が必要。自力で立つことが難しい状態。
  • 要介護4:介護なしでは日常生活を送ることが、ほぼ不可能な状態。
  • 要介護5:意思の伝達が困難。ほぼ寝たきりの状態。
    • (※「要介護」は、”日常生活を送るための支援”という位置づけです)

この「要支援・要介護のどの段階に認定されるか」が、その後の介護プランを立てる上での、すべての出発点となります。 なぜなら、この区分に応じて、介護保険でまかなえる1ヶ月あたりのサービス費用の上限額(支給限度額)が定められているからです。

次の章では、この認定を受けた後、具体的にどのような場所で、いくら位の費用をかけて介護サービスを受けることになるのかを見ていきましょう。

「どこで」「いくらで」介護を受ける?場所とお金のリアル

要介護認定を受け、いよいよ介護サービスを利用する段階になると、次に考えなければならないのが「どこで、どのような介護を受けるか」という具体的な場所と、それに伴うお金の問題です。選択肢は大きく「在宅介護」と「施設介護」に分かれます。それぞれのメリット・デメリットと、費用の目安を見ていきましょう。

「在宅介護」という選択肢

多くの方が「できる限り、住み慣れた自宅で過ごしたい」と願うことでしょう。在宅介護は、その願いを叶えるための選択肢です。

  • メリット:本人が精神的な安らぎを得やすいこと。生活の自由度が高いこと。
  • デメリット:家族の身体的・精神的な負担が大きくなりがちなこと。住宅のバリアフリー改修などが必要になる場合があること。

ここで重要なのは、「在宅介護=家族がすべてを抱え込む」ではない、ということです。公的介護保険を使い、様々なサービスを組み合わせることで、家族の負担を軽減しながら自宅での生活を続けることが可能です。

  • 在宅で利用できる主なサービス例
    • 訪問介護(ホームヘルプ):ヘルパーが自宅を訪問し、身体介護(入浴、排泄など)や生活援助(掃除、買い物など)を行う。
    • デイサービス(通所介護):日中に施設へ通い、食事や入浴、リハビリ、レクリエーションなどを受ける。
    • ショートステイ(短期入所生活介護):施設に短期間宿泊し、介護を受ける。家族が休息を取りたい時などに活用できる。

これらのサービスは、要介護度に応じた限度額の範囲内であれば、1〜3割の自己負担で利用できます。

知っておきたい「施設」の種類と費用の違い

在宅での介護が難しくなってきた場合、あるいは、より専門的なケアが必要になった場合には、「施設介護」が選択肢となります。施設には様々な種類があり、特徴や費用も大きく異なります。ここでは代表的な3つのタイプを比較してみましょう。

種類特徴費用の目安(月額)
特別養護老人ホーム(特養)【公的施設】
社会福祉法人が運営。費用が比較的安価で、終身利用が可能。人気が高く、入居待ちが長い傾向。
※原則、要介護3以上の方が入居対象。
10万円~15万円
有料老人ホーム【民間施設】
民間企業が運営。介護付、住宅型、健康型などのタイプがある。施設ごとの特色が豊かで、サービス内容や費用も多種多様。
15万円~40万円以上
サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)【民間施設】
高齢者向けの賃貸住宅。安否確認や生活相談サービスが基本。介護が必要な場合は、外部の介護サービス事業者と別途契約する。
10万円~30万円

一人で抱え込まない。「チーム」で乗り切る介護術

さて、ここまで介護保険の制度や、場所とお金の話をしてきました。しかし、知識だけでは乗り越えられないのが介護の現実です。介護は、時に終わりが見えない長い道のり。だからこそ、誰か一人が頑張りすぎるのではなく、周囲のサポートを得ながら「チーム」で向き合うという視点が、何よりも重要になります。

家族会議のすすめ

介護が現実のものとなる前に、ぜひ行っていただきたいのが「家族会議」です。これは、ご本人がまだ元気で、ご自身の意思をはっきりと伝えられるうちに行うのが理想です。かしこまる必要はありません。「もしもの時のために、お父さん(お母さん)の希望を聞かせてほしい」と、穏やかに対話を始めることが大切です。

  • 話し合っておきたいポイント
    • 本人の希望:「どこで」「どんな」介護を受けたいか。終末期の医療についての考えはどうか。まずは本人の気持ちを尊重することが第一です。
    • キーパーソン:誰が中心となって、病院やケアマネジャーとの連絡役を担うか。多くは、親の近くに住む方が担うことになります。
    • 役割分担:兄弟姉妹がいる場合、それぞれの状況に応じて、どう協力できるかを話し合います。「お金の支援」「週末の手伝い」「手続き関係の代行」など、物理的な介護以外にも、できることはたくさんあります。
    • お金のこと:親の資産や年金収入はどれくらいか。介護費用はどこから、どう捻出するのか。お金の話は切り出しにくいものですが、ここを曖昧にすると、後々のトラブルの原因になりかねません。

公的サービスと家族のサポートを組み合わせる

家族だけで介護の全てをまかなうのは、現実的ではありません。そこで頼りになるのが、**ケアマネジャー(介護支援専門員)**です。

ケアマネジャーは、本人や家族の希望を聞きながら、心身の状態に合った最適な介護サービス計画(ケアプラン)を作成し、サービス事業者との調整役を担ってくれる、介護のプロフェッショナルです。ケアプランの作成費用に自己負担はありませんので、積極的に相談し、頼ることが大切です。

  • 「チーム」で乗り切るモデルケース
    • 平日:日中はデイサービスを利用。本人は社会とのつながりを持ち、家族はその間に仕事や休息の時間を確保する。
    • 週末:家族が中心となって介護。ショートステイを月に数日利用し、介護者がリフレッシュする期間を設ける。

介護は、短距離走ではなく、長い距離を走るマラソンです。「親の面倒は自分が見なければ」と一人で背負い込み、「完璧な介護」を目指してしまうと、必ず心身が疲弊し、共倒れになりかねません。

公的なサービスや専門家の力を借りることは、決して手抜きではありません。それは、大切な家族との関係を良好に保ちながら、この長い道のりを無理なく走り続けるための、最も賢明で、愛情のある選択なのです。

おわりに:今日からできる、はじめの一歩

今回は、介護という重く、しかし避けては通れないテーマについて、制度やお金、そして心の持ちようまで、その「リアル」の一端をご紹介しました。

たくさんの情報に、かえって頭が混乱してしまったかもしれません。しかし、これだけは覚えておいてください。介護に対する一番の備えは、漠然とした不安を放置せず、「知ろう」とすることです。

親の介護について考えることは、もちろん親のためです。しかしそれは同時に、いずれ自分自身の身に起こる未来のための、大切な「予行演習」でもあります。今回得た知識は、いつか必ず、あなた自身をも助けてくれるはずです。

この記事を読み終えた今、何か一つだけ、行動を起こしてみませんか。

例えば、ご両親に電話をして「最近、体の調子はどう?」と、さりげなく健康を気遣う会話をしてみる。あるいは、ご自身やご両親が住む市区町村の「地域包括支援センター」や「介護相談窓口」の場所や電話番号を、スマートフォンの連絡先に登録しておく。

「いざという時に、どこに相談すれば良いかを知っている」。 それだけでも、あなたの心の負担を軽くする、とても大きな一歩です。この記事が、そのきっかけとなれば幸いです。

執筆者 池上行政書士事務所 池上 功(池上行政書士事務所のホームページ

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