いまさら聞けない「家族信託(民事信託)」って何?遺言や後見制度との違いをゼロから解説

遺言・相続

そもそも「信託」ってどんな仕組み?

コンセプトは「信頼して、託す」こと

「信託」という言葉は、少し難しく聞こえるかもしれません。しかし、その漢字の通り、コンセプトは非常にシンプルです。それは、ご自身の財産を**信頼できる相手に託す**という、財産管理の一つの形です。

まずは、簡単な例で考えてみましょう。

ある高齢者の方が、自分の子どもに「この預金通帳を預ける。私が亡き後、ここからお金をおろして、孫の学費として毎年支払ってやってくれないか」と頼んだとします。

この「想いを込めた財産の託し方」こそが、信託の本源的な考え方です。信託とは、このような想いを、単なる口約束ではなく、法的に有効な「契約」として形にするための、正式な制度なのです。

「託す人」「託される人」「利益をうける人」の3者で成り立つ、シンプルな関係

上記の例では3人の登場人物がいました。

  1. 財産を託した人(Aさん)
  2. 財産を託され、管理を頼まれた人(Aさんの息子さん)
  3. その財産から利益をうけた人(Aさんのお孫さん)

実は、どんなに複雑に見える信託も、基本的にはこの3者の関係で成り立っています。ご自身の財産を、ご自身の想い通りに、誰かのために活用してもらう。そのための法的な仕組みが「信託」である、と捉えてもらえばよいでしょう。

「民事信託」とは?「家族信託」との違い

銀行などが扱う「商事信託」との決定的な違いは「営利目的ではない」こと

「信託」と聞くと、多くの方が信託銀行などが扱う「投資信託」といった金融商品を思い浮かべるかもしれません。これらは、法律上、商事信託と呼ばれます。商事信託は、受託者(信託銀行など)が、信託を「事業(ビジネス)」として行い、手数料などの利益を得ることを目的としています。そのため、法律で厳しい規制がかけられています。

これに対し、今回ご説明する**民事信託**は、営利を目的としない信託を指します。信頼できる家族や個人に、利益のためではなく、純粋に財産の管理・承継を託す、プライベートな財産管理の仕組みです。受託者が「ビジネス」として信託を引き受けるわけではない、という点が決定的な違いです。

「家族信託」は、民事信託の愛称

では、最近よく耳にする「家族信託」とは何なのでしょうか。実は、これは法律上の正式な用語ではなく、「民事信託」の愛称のようなものです。

民事信託においては、特に、信頼できるご家族(子や配偶者など)を受託者として財産を託すケースが非常に多いため、その実態に合わせて、「家族信託」と呼ばれているのです。

この記事で解説する「民事信託」は、一般的に言われる「家族信託」と、ほぼ同じものだと考えていただいて問題ありません。

民事信託の登場人物と、それぞれの役割

セクション1で見た「託す人」「託される人」「利益をうける人」という3者の関係を、ここからは法律上の正式な呼び方で見ていきましょう。この3つの役割を理解することが、民事信託を理解する上で最も重要です。

財産を託す「委託者」

委託者とは、信託を設定する人、つまり、ご自身の財産を信頼できる相手に託す**オーナー**のことです。 信託の目的(何のために)、信託する財産(何を)、受託者(誰に)、受益者(誰のために)といった、信託全体のルールを決め、設計図を描く、まさに信託の「創設者」です。信託は、この委託者の想いを実現するために存在します。

財産を託され管理する「受託者」

受託者とは、委託者から財産を託され、信託契約で定められた目的に従って、その財産を管理・運用・処分する、いわば財産の管理人のことです。 信託された財産の名義は、この受託者に移ります。ただし、それはあくまで管理のためであり、受託者が自分のために財産を自由に使えるわけではありません。受託者は、受益者のために忠実に業務を遂行する、という重い責任(善管注意義務・忠実義務)を負います。家族信託では、信頼できる子供などがこの役割を担うことが一般的です。

信託された財産から利益をうける「受益者」

受益者とは、信託された財産から生じる利益(例えば、アパートの家賃収入や預金の利息、あるいは生活費など)を、実際に受け取る人のことです。信託は、この受益者の利益のために運営されます。

多くの場合、信託を設定した後も、財産の利益は引き続き自分が受け取り続ける、という形(委託者=受益者)がとられます。また、委託者とは別の、例えば障がいのある子や、まだ幼い孫などを受益者に設定することも可能です。

”成年後見制度”との決定的な違いとは?

民事信託が、特に認知症対策として注目される中で、よく比較対象となるのが、成年後見制度です。どちらも判断能力が不十分になった方の財産を守る機能としては共通していますが、その仕組みには大きな違いがあります。

いつから始まる? “元気なうちから備える”信託、“判断能力の低下後から始まる”後見

最も大きな違いは、制度を利用するタイミングです。

  • 民事信託: ご本人が“元気で、判断能力が十分なうち”に、将来に備えてあらかじめ契約を結んでおく制度です。いわば、未来の安心な生活の”予約”のようなものです。
  • 成年後見制度: ご本人の判断能力が低下した後に、家族などが家庭裁判所に申し立てを行い、そこからスタートする制度です。問題が顕在化してから対処する、という側面があります。

誰がやる? “自分で選んだ家族に託せる”信託、”裁判所が選んだ専門家”が就くこともある後見

財産を管理する人が誰になるか、という点も大きく異なります。

  • 民事信託: 財産を託す相手(受託者)は、ご自身で、最も信頼できる人(多くは配偶者や子供)を自由に選ぶことができます。
  • 成年後見制度: 財産を管理する後見人は、家庭裁判所が選任します。家族が候補者として申し立てても、必ずしもその通りに選ばれるとは限らず、弁護士や司法書士などの専門家が選任されるケースも少なくありません。

何ができる? ”柔軟な財産管理”ができる信託、”厳格な財産保護”が目的の後見

財産管理の自由度にも、根本的な違いがあります。

  • 民事信託: あらかじめ定めた信託契約の目的に従って、”柔軟な財産管理”が可能です。例えば、相続税対策として不動産を売却したり、資産を組み替えたりといった、積極的な資産活用も契約の範囲内で行えます。
  • 成年後見制度: 目的は、あくまで本人の財産を”厳格に保護・維持”することです。そのため、財産を積極的に活用したり、不動産の売却といったことは家庭裁判所の許可が必要となります。

どうやって始めるの?民事信託の基本的なステップ

民事信託の仕組みやメリットが分かったところで、次に「実際に始めるには、どうすればいいの?」という疑問が湧いてくるかと思います。ここでは、信託契約を設定するまでの、一般的な流れを4つのステップでご紹介します。

STEP1:専門家への相談と、目的の明確化

民事信託は、ご自身の想いを柔軟に実現できる強力なツールですが、その設計には法律や税務の専門知識が不可欠です。まずは、家族信託に詳しい専門家に相談することから始めましょう。専門家との対話を通じて、「何のために信託をしたいのか(認知症対策、相続対策など)」「誰に、どの財産を、どのように託したいのか」といった、ご自身の想いを具体的な信託の目的へと落とし込んでいきます。

STEP2:家族会議による、関係者の合意形成

信託は、委託者一人の想いだけでなく、財産を託される受託者や、利益を受ける受益者など、家族全体の協力があって初めて円滑に機能します。特に、財産管理という重い責任を負う受託者には、その役割と義務を十分に理解し、納得してもらう必要があります。必要に応じて専門家を交えて家族会議を開き、なぜ信託が必要なのか、誰がどんな役割を担うのかを丁寧に話し合い、関係者全員の合意を形成することが、将来のトラブルを防ぐ上で極めて重要です。

STEP3:信託契約書の作成(公正証書が推奨)

関係者の合意が固まったら、専門家が具体的な「信託契約書」を作成します。この契約書が、信託のルールを全て定める、いわば”憲法”となります。そして、この契約書は、公証役場で公証人に内容を確認してもらい、法的な証明力を付与する公正証書として作成することが強く推奨されます。公正証書にしておくことで、契約の有効性について将来争いが生じるリスクを大幅に低減できます。

STEP4:財産の名義変更(信託登記・信託口口座の開設)

信託契約書を作成しただけでは、信託はスタートしません。最後に、信託する財産の名義を、委託者から受託者へ変更する手続きが必要です。

  • 不動産の場合: 法務局で所有権移転の登記と信託名義での登記を行います。これにより、不動産の登記簿には、所有者が受託者であることと、それが信託のための財産であることが明記されます。
  • 金銭の場合: 受託者名義で、信託財産を管理するための専用口座である”信託口口座”を開設し、そこに資金を移します。これにより、受託者個人の財産と、信託された財産が明確に分別管理されます。

これらの手続きが完了して、初めて信託は効力を生じ、正式にスタートします。

まとめ:民事信託は、想いを形にするオーダーメイドの器

今回は、民事信託(家族信託)の最も基本的な仕組みから、その始め方までを解説しました。

信託は、ご自身の判断能力がはっきりしている元気なうちに、大切な財産の管理や承継について、ご自身の想いを反映したルールを作っておくための、法的な制度です。

財産管理のあり方を柔軟に設計でき、ご自身が選んだ信頼できる人にその実行を託せる点で、成年後見制度とは大きく異なります。それは、単なる財産保護に留まらず、ご自身の生き方や価値観を、未来へと繋いでいくための、極めて有効なツールと言えるでしょう。

もちろん、その組成には専門家との連携や、ご家族との十分な対話が不可欠であるのは言うまでもありありませんが、ご自身の、そして大切なご家族の未来のために、”元気なうちから準備を始める”ということ。民事信託は、そのためのとても有力な選択肢の一つです。

民事信託について、より詳しくお知りになりたい場合は、当事務所までお気軽にご相談ください。

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