はじめに:その不動産管理、次の世代も続けられますか?
オーナーの高齢化と、後継者の多忙化という、不動産管理における現代的な課題
多くの不動産を所有し、安定した収益を上げてきた方にとっても、ご自身の高齢化は避けて通れない課題です。そして同時に、後継者となるご子息世代は、それぞれの仕事や家庭で多忙な日々を送っており、親世代と同じように不動産管理に時間を割くことが難しくなっている、という現実があります。
属人的な管理から、仕組みで管理・承継する体制へ
これまでの不動産管理は、オーナー様個人の経験や能力に依存する「属人的」な側面が強くありました。しかし、そのやり方を次の世代がそのまま引き継ぐのは困難です。これからの資産承継では、誰か一人の力に頼るのではなく、家族全体で資産を最適に管理・運営していくための「仕組み」を構築することが求められます。
「法人」と「信託」を組み合わせる、新しい資産管理の考え方
この「仕組み」作りにおいて、有効な選択肢となるのが、「法人」と「信託」を組み合わせるという資産管理の手法です。これは、日々の煩雑な管理業務と、経営者としての大局的な意思決定を分離し、家族が不動産経営に専念するという新しい考え方です。この記事では、その具体的な方法を詳しく解説していきます。
【モデルケース】増えすぎた不動産と、多忙すぎる後継者
登場人物
- 父(Aさん・78歳): 事業を成功させ、引退後は複数の収益不動産(アパート、テナントビル等)を取得した資産家。現在は健康だが、将来の認知症による資産凍結や、相続時の資産の分散を懸念している。
- 長男(Bさん・50歳): IT企業の役員として、自身の本業で多忙な日々を送る。父から不動産管理を任されているが、実質的にはボランティア状態。日々の入居者対応や修繕手配に追われ、本来やるべき戦略的な管理業務にまで手が回らないことに限界を感じている。
- 長女・次男(Bさんのきょうだい): それぞれ独立しており不動産経営には関与していないが、それらが実家の重要な資産であることは認識している。現在は長男Bに任せきりだが、重要な方針決定については、自分たちも関与すべきだと考えている。
一家が抱える3つの課題
Aさん一家は、現在の属人的な管理体制に、大きく分けて3つの課題を感じています。
- 後継者の負担過多 長男Bさんの負担が極めて大きく、管理の質が低下しかねない状況。日々のトラブル対応に追われ、空室対策や中長期的な修繕計画といった、資産価値を維持・向上させるための本来業務に時間を割けていない。
- 曖昧な意思決定による、将来の紛争リスク 現在はBさんが良心的に管理しているが、大規模修繕や物件売却といった高額な投資判断が必要になった際、兄弟間で正式に合意を形成する「場」があない。明確なルールがないため、各々の意見が対立し、将来、親族間のトラブルに発展するリスクがある。
- 「資産凍呈」と「遺産分割」という将来の壁 もし父Aさんが認知症になれば、新たな賃貸契約や売買契約ができなくなり、資産が事実上「凍結」されてしまう。また、Aさんの相続が発生し、不動産がきょうだい間の共有状態になった場合、不動産の「管理行為」(賃貸など)や「変更行為」(売却・増改築など)が迅速に行えずに効率的な運営が困難になるおそれがある。
なぜ「法人×信託」スキームが有効なのか?3つの重要論点
モデルケースで見たような、複雑に絡み合った課題を、どうすれば解決できるのでしょうか。その答えが、「法人」と「信託」を組み合わせたスキームにあります。なぜこの方法が有効なのか、3つの重要な論点から解き明かしていきます。
【論点①】「個人への信託」や「直接の業務委託」の限界
まず、よりシンプルな他の方法ではなぜ不十分なのかを考えてみましょう。
一つは、父Aさんが「長男Bさん個人」を受託者として不動産を信託する方法です。これなら資産凍結や相続の問題は解決できますが、肝心の「Bさんの負担軽減」には繋がりません。Bさんは信託された全不動産の管理責任を一人で負うことになり、状況は以前と変わりません。
もう一つは、Aさん個人が「不動産管理会社」に直接業務を委託する方法です。これはBさんの日々の負担を減らせますが、大規模修繕や売却といった重要な意思決定を、誰が、どのように行うのかという「家族の合意形成」の課題は解決されません。また、Aさんが認知症になれば、管理会社との契約更新や新たな指示ができなくなるリスクも残ります。
【論点②】「一般社団法人」を家族の“司令塔”にするという発想
そこで重要になるのが、「一般社団法人」を設立し、家族の意思決定機関として機能させるという発想です。
Aさん一家が設立した一般社団法人は、単なる法人格ではありません。父Aさんと子供たち全員が理事に就任することで、そこは「公式な家族の経営会議」の場となります。一家の不動産ポートフォリオに関する重要な方針は、この理事会で話し合われ、議事録にも残る形で決定されます。これにより、曖昧だった意思決定のプロセスが明確化され、将来の親族間の意見対立のリスクを大きく低減できます。
さらに、この法人が統一された窓口となり、不動産管理会社への指示や監督、金融機関との折衝などを行うため、対外的な信用力と交渉力も向上します。
【論点③】信託による「資産の永続性」の確保
そして、この「家族の司令塔」という仕組みを永続的なものにするために、「信託」が大きな役割を果たします。
Aさんは、設立した一般社団法人を受託者として、全不動産を信託します。これにより、不動産の法的な所有者は「Aさん個人」から「一般社団法人(受託者)」へと移ります。
- 資産凍結リスクからの解放: 所有者が法人であるため、Aさん個人が認知症になっても、財産が凍結されることは一切ありません。「司令塔」である法人が、何ら支障なく資産管理を継続できます。
- 円滑で揉めない資産承継: Aさんの相続が発生した際、不動産そのものは遺産分割の対象になりません。なぜなら、所有者はすでに法人だからです。子供たちが相続するのは、不動産から生じる利益を受け取る権利である「受益権」です。これにより、不動産が物理的にバラバラに分割相続される事態を防ぎ、次世代、さらにその先の世代まで、一体としての効率的な資産運営を永続させることが可能になるのです。
資産管理法人の「設計図」- 設立から信託組成までの流れ
それでは、これまでの論点を踏まえ、実際にこの「法人×信託」スキームを構築するための具体的な設計図と、その流れを見ていきましょう。
【目的】資産の安定運用と、円滑な世代間承継の実現
まず、信託契約書に、この信託の目的を明確に記します。これが、全ての関係者が従うべき基本方針となります。
【契約書の条文イメージ】 第1条(信託目的) 本信託は、委託者Aが有する不動産ポートフォリオを、受託者(一般社団法人)が一元的に管理・運営し、その収益性及び資産価値の維持向上を図ることを目的とする。また、受益権を円滑に次世代へ承継させることにより、委託者の親族による永続的な資産管理体制を構築し、もって親族の円満と繁栄に資することも目的とする。
【登場人物と法人】委託者、受託者(法人)、受益者、そして法人の理事となる家族
このスキームにおける登場人物と法人の役割は、以下のように整理されます。
- 委託者(財産を託す人): 父Aさん
- 受託者(財産を管理・運営する法人): 一般社団法人「Aファミリー資産管理」
- 受益者(利益を得る人): 当初は父Aさん。Aさんの死亡後は、あらかじめ定めた割合で、長男B、長女、次男がその地位(受益権)を相続します。
- 一般社団法人の理事(法人の意思決定者): 父Aさん、長男B、長女、次男
【財産】一元管理の対象となる不動産ポートフォリオ
信託の対象となる財産は、Aさんが所有する収益不動産のすべてです。
- 信託財産: Aさんが所有する全収益不動産(アパート3棟、月極駐車場、テナントビル等)
これらの不動産を信託財産とすることで、個別の不動産ごとではなく、不動産ポートフォリオ全体としての一元的な管理・運営が可能になります。
【スキーム】モデルケースにおける信託の全体像
この信託スキームは、以下の流れで構築・運営されます。
【STEP1】法人の設立と信託契約 まず、Aさんと子供たち全員が社員・理事となり「一般社団法人」を設立します。その後、父A(委託者)と設立した法人(受託者)との間で信託契約を締結し、全不動産の名義をAさん個人から法人へ移転(信託登記)します。
【STEP2】業務委託契約 受託者である法人は、日々の煩雑な管理業務を担う「不動産管理会社」と、業務委託契約を結びます。
【STEP3】管理・運営の実行(Aさん存命中) 不動産管理会社は、入居者から賃料を回収し、信託専用口座に入金します。日常的な修繕やクレーム対応も行います。一方、家族(法人の理事会)は、管理会社からの報告を受け、大規模修繕や売却などの戦略的な意思決定を行います。経費等を差し引いた収益は、受益者であるAさんが受け取ります。
【STEP4】円滑な承継(Aさん死亡後) Aさんの死亡により、信託契約で定められた通り、子供たちが「受益権」を相続します。重要なのは、不動産の名義は法人のままであり、管理体制も一切変わらないという点です。遺産分割協議は不要で、経営が止まることはありません。子供たちは新たな受益者として、引き続き理事会を通じて資産全体の経営に関わっていきます。
まとめ:「経営」と「実務」の分離から生まれる、新たな可能性
今回のポイントの振り返り
今回は、複数の収益不動産を所有するオーナー様が、次世代へ円滑に資産を引き継ぐための、一歩進んだ信託活用法を解説しました。最後に、重要なポイントを振り返りましょう。
- 後継者の負担過多や、親族間の曖昧な意思決定プロセスは、将来の資産管理における大きなリスクとなります。
- 「一般社団法人」を設立し、家族がその理事に就任することで、公式な「経営の司令塔」として機能させることができます。
- この法人を受託者として不動産を信託することで、資産は個人のリスク(認知症や相続)から切り離され、永続的な管理体制が確保されます。
- この仕組みにより、家族は「経営(戦略的意思決定)」に専念し、日々の「実務(オペレーション)」は専門家に任せる、という合理的な役割分担が実現します。
資産を「守る」だけでなく、次世代で「育てる」ための仕組み作り
これまでの資産承継対策は、いかにして資産を「守り」、いかにして「揉めずに分けるか」という、いわば“守り”の視点が中心でした。
しかし、今回ご紹介した「法人×信託」スキームは、その先を見据えています。これは、単に資産を守るだけでなく、次世代がその資産をさらに“育てていく”ための、永続的な事業基盤を構築する試みです。
親世代が築いた大切な資産を、次の世代の負担にすることなく、むしろ一族の新たな事業の柱として発展させていく。この仕組みは、それを可能にする、戦略的な選択肢と言えます。それは、単なる資産承継を超え、一族の資産を未来にわたって育てていくための「事業基盤」そのものを、次世代へ贈ることなのかもしれません。
民事信託について、より詳しくお知りになりたい場合は、当事務所までお気軽にご相談ください。
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