【ペット信託】私が死んだら、この子はどうなるの?「飼育」と「お金」を分離して託す、新しい終活のカタチ

遺言・相続

はじめに:ペットは家族。だからこそ“もしも”に備える

保護犬を迎えるという選択と、生涯にわたる「責任」

高齢期におけるペットとの暮らしは、日々に彩りと癒やしを与えてくれる、かけがえのないものです。近年では、一匹でも多くの命を救いたいという想いから、新たに「保護犬」を家族として迎える方も増えています。

それは、深い愛情と、一つの命を最後まで預かるという、尊い「責任」を引き受ける決断です。

しかし、その愛情と責任感が深いほど、飼い主の心には一つの大きな不安が生まれます。体力や健康、そして寿命。自分自身の「もしも」の時が、この子の生涯の途中で訪れてしまったら、という現実的な問いです。

飼い主の最大の不安「自分がいなくなった後」を解決するペット信託

「私が突然倒れたら?」「もし、この子より先に死んでしまったら…?」

この切実な不安に対し、「誰かにお願いする」という口約束や、漠然と「お金を遺す」という考えだけでは、本当に安心することはできません。大切な家族だからこそ、その未来を運任せにはしたくない、と願うのは当然のことです。

この記事でご紹介する「ペット信託」は、そんな飼い主の想いを、法的に確実な形で実現するための仕組みです。

それは、ご自身が元気なうちに、愛するペットの将来の「お世話の方針」と、そのために必要となる「資金」を、信頼できる人や団体に託しておく、愛情のこもった準備です。この準備をしておくことで、万が一の時がきても、ペットがこれまでと変わらない生活を、生涯にわたって送り続けるための道筋をつけることができます。

この記事では、その具体的な方法を、モデルケースと共に詳しく解説していきます。

【モデルケース】新たに迎えた保護犬。この子の生涯に責任を持ちたい

登場人物

  • 飼い主(Aさん): 75歳、女性。長年連れ添った愛犬を亡くした後、寂しい日々を過ごしていたが、一念発起し、動物愛護団体から保護犬を新たに家族として迎えた。犬との暮らしに、再び生きがいと喜びを感じている。
  • 友人(Bさん): Aさんの長年の友人で、近所に住む。自身も犬好きで飼育経験が豊富。Aさんの良き相談相手で、「もし、あなたに何かあったら、この子は私が責任持って引き取るから安心して」と伝えている。
  • 甥(Cさん): Aさんの甥。遠方の県で暮らす40代の会社員。しっかり者で真面目な性格。Aさんからの信頼は厚いが、マンションがペット不可のため、犬を直接引き取ることはできない。

想定される課題:「飼育」は友人Bに、「金銭負担」はかけたくない

Aさんは、新しく迎えた飼い犬との暮らしに、この上ない幸福を感じています。一度は辛い経験をしたこの子に、「もう二度と寂しい思いはさせない。生涯、私が責任を持つ」と心に誓っています。

だからこそ、Aさんは自身の年齢を冷静に受け止め、具体的な準備を始めようと考えました。

「私が万が一の時は、犬好きの友人Bさんに託すのが、この子にとって一番幸せだろう。Bさんもそう言ってくれている。でも、金銭的な負担だけは、絶対にかけさせられない。」

Aさんは、飼い犬の生涯に必要な費用として、食費、医療費、そして将来の介護費用なども含め、500万ほどを準備しておきたいと考えました。問題は、この資金を「どういう形で遺すか」です。

  • Bさんに直接遺贈する?   友人関係に、大金の話を持ち込むのは気が引ける。お金の管理で、かえってBさんに気苦労をかけてしまうかもしれない。
  • 甥のC君に預けて、Bさんに渡してもらう? → お金の管理はC君なら安心だ。でも、Bさんが医療費などで急にお金が必要になった時、遠くにいるC君とどうやってやり取りすればいいのか。手続きが煩雑で、結局Bさんが立て替えることになったら申し訳ない。

Aさんの願いは明確です。「引き取り」は友人Bさん、「お金の管理」は甥のCさん、と信頼できる二人に役割を分担してもらい、Bさんが何の気兼ねもなく、必要な時に必要なだけ、飼育費用を使える仕組みを作ること。

口約束や単純な遺言だけでは実現できないこの想いを、法的に、そして円滑に実現する方法はないものか、Aさんは考えあぐねています。

なぜ「役割を分離した信託」が最適なのか?3つの重要論点

本件のAさんのように、信頼できる人が複数いるからこそ生まれる悩み。これを解決するのが、信託の柔軟な設計力です。 なぜ、Aさんの想いを実現するために「役割を分離した信託」が最適な選択肢なのか、3つの重要な論点から解説します。

論点①:「遺言」や「口約束」だけでは不十分な理由

まず、なぜシンプルな方法ではダメなのでしょうか。

「死後のことはよろしく」という口約束は、残念ながら法的な拘束力を持ちません。また、「友人Bに飼育費用として金銭を遺贈する」と遺言書に記す方法は、法的には有効ですが、致命的な欠点があります。それは“時間の遅れ”です。

飼い主が亡くなると、その方の預金口座は原則として凍結されます。遺言書があっても、相続人全員の協力のもとで相続手続きを完了しない限り、お金を引き出すことはできません。この手続きには、数週間から数ヶ月かかることもあります。その間、新しい飼い主であるBさんは、日々の食費や、万が一の治療費を、すべて自ら立て替え続けなければなりません。これでは「金銭的な負担をかけたくない」というAさんの想いを実現することはできません。

論点②:「引き取り」と「財産管理」を分離する効果

ここで、Aさんが考えた「引き取りは友人B、財産管理は甥C」という役割分担が、信託の活用によって大きな効果を発揮します。

  • 引き取り手(友人Bさん)のメリット: Bさんは、お金の管理という煩わしく、心理的にも重い責任から解放されます。ただ純粋に、愛情をもって犬の世話に集中することができます。必要な費用は、遠方の甥Cさんに請求すれば支払われるため、安心して高額な医療を受けさせることもできます。
  • 財産管理者(甥Cさん)のメリット: Cさんは、遠方にいながら、Aさんの想いに貢献できます。直接の飼育ができない代わりに、お金の流れを透明に管理するという重要な役割を担います。
  • 飼い主(Aさん)のメリット: この仕組みは、相互牽制機能を生み出します。Bさんが目的外のことでお金を使うことはできず、Cさんも信託の目的に沿っていればお金を速やかに信託から拠出する必要があります。この透明性が、Aさんにとって何よりの安心材料となるのです。

論点③:「信託」と「遺言」の合わせ技で、法的な穴をなくす

このスキームを法的に強固なものにするため、最後に重要なのが“「信託契約」と「遺言書」の合わせ技”です。それぞれに、異なる役割を持たせます。

  • 信託契約の役割 → 「お金」の管理と執行  信託は、飼育費用(500万円)を保全し、飼い主の死後も凍結されることなく、受託者(甥Cさん)が迅速に支払うことを可能にするための仕組みです。
  • 遺言書の役割 → 「ペット本体」の所有権移転  法律上、ペットは「財産(動産)」の一種です。飼い主Aさんが亡くなった後、その所有権が法的に誰のものになるのかを明確にするため、「私の飼い犬を、友人Bに遺贈する」という一文を、別途、遺言書に記しておきます。

この二つの書類を揃えることで、「ペットの所有者はBさん、その飼育費用の管理者はCさん」という法的な立場が明確となり、堅確な体制を整えることができるのです。

ペット信託の「設計図」- 基本契約とスキームを理解する

これまでの論点を踏まえ、Aさんの想いを実現するための「ペット信託」の具体的なスキームを見ていきましょう。これは、信託契約を作成する上での骨子となる項目です。

【目的】 愛犬の生涯にわたる幸福な生活の実現(信託目的)

信託契約の根幹として、「この信託が何のためにあるのか」という目的を明確に定めます。これが、受託者(甥Cさん)の行動指針となり、権限と義務の範囲を定めます。

【契約書の条文イメージ】 第1条(信託目的) 本信託は、委託者Aの飼い犬が、Aの死亡後又は飼育困難となった後も、その生涯にわたり健康で安全かつ快適な生活を送ることを確保するため、必要な飼育費用を管理し、その円滑な給付を実現することを目的とする。

このように定めることで、信託財産が飼い犬のためだけに利用されることが法的に担保されます。

【登場人物】 飼育者、管理者、監督者という役割分担(当事者)

この信託スキームの安定性を高めるため、登場人物の役割を以下のように明確に設計します。

  • 委託者(財産を託す人): 飼い主Aさん
  • 受託者(財産を管理・執行する人): 甥のCさん
  • 受益者(利益の恩恵を受ける人): 飼い主Aさん(Aさん死亡後は、新しい飼い主である友人Bさん)
  • 信託監督人(受託者を監督する人): Aさんの信頼する別の友人や専門家など。これを設置することで、Cさんの財産管理が適切に行われているかをチェックする機能が加わり、仕組みの透明性が向上します。信託監督人は必ず必要というものではなく、設置は任意です。

【財産】 生涯の飼育費用と、協力者への謝礼(信託財産)

信託する財産は、飼い犬の生涯に必要な費用を具体的に見積もって設定します。

【信託財産の見積例】

  • 生涯の飼育費用: 食費、医療費(定期検診・ワクチン・持病の薬代・将来の高度医療費)、ペット保険料、トリミング代、ペット用品代などを見積もり、合計500万円とする。
  • 協力者への謝礼・報酬: 新しい飼い主となるBさんへの感謝の気持ちや、財産管理を担うCさんへの受託者報酬として、別途一定額(例:各50万円など)を信託財産に含めておくことも可能。

これらの金銭は、受託者Cさんが開設する「信託口口座」で、Cさん個人の財産とは明確に区別して管理されます。

【スキーム】 モデルケースにおける信託の全体像

これまでの設計項目を統合すると、今回の信託スキームの全体像は以下のようになります。

【準備段階】(Aさん存命中) Aさん(委託者)が、甥のCさん(受託者)と信託契約を締結。同時に、「飼い犬を友人Bに遺贈する」旨の遺言書を作成します。Aさんは、見積もった費用(例:500万円)を、Cさんが開設した信託口口座に入金します。

【Aさん死亡後】

  • 飼育と管理の開始: 遺言に基づきBさんが飼い犬を引き取ります。信託契約に基づき、Cさんは受託者として口座の管理を開始します。信託口口座は凍結されないため、資金はすぐに利用可能な状態です。
  • 費用の請求・支払い: Bさんは、飼育にかかった費用の領収書を元に、Cさんに費用を請求します。Cさんはその内容を確認し、信託口口座からBさんに費用を支払います。

③【信託の終了】 信託契約で定めた通り、飼い犬が死亡した時点で信託は終了します。その時点で信託財産に残額(残余財産)があれば、あらかじめ契約で定めた相手(例:BさんやCさんへの最後の謝礼、動物愛護団体への寄付など)にその財産を引き渡して、全ての手続きが完了します。

まとめ:愛するペットへ贈る、最高の「安心」という贈り物

今回のポイントの振り返り

今回は、飼い主自身に万が一のことがあっても、愛するペットが生涯にわたり安心して暮らせるための「ペット信託」について解説しました。最後に、大切なポイントを振り返りましょう。

  • 飼い主の「もしも」の時の不安は、「誰がお世話をするか」という問題と、「その費用をどうするか」という問題が常にセットになっています。
  • 「遺言」では資金の執行が遅れる可能性があり、「口約束」では法的な確実性に欠けるため、これらの方法だけでは十分とは言えない場合があります。
  • 信託を活用し、特に「飼育する人」と「お金を管理する人」の役割を分離することで、透明性が高く、関係者双方の負担を軽減する有効な仕組みを構築できます。
  • 「お金は信託」「ペット本体の所有権は遺言」と、二つの法制度を組み合わせることで、より法的に明確で、将来の紛争リスクを低減する準備が可能になります。

不安の解消が、ペットとの現在の暮らしをより豊かにする

ご自身の死後や、飼育が困難になった後のことを考えるのは、つらいことであるかもしれません。

しかし、愛するペットの生涯に責任を持つという覚悟を、法的に確かな「安心」という形にすること。それは、未来のペットへの最高の贈り物であると同時に、現在のあなた自身への贈り物でもあります。

将来への不安が解消されることで、心から解放され、今この瞬間、隣にいる愛犬との一日一日を、より深く、より穏やかな気持ちで慈しむことができるようになるはずです。

この記事が、あなたとあなたの大切な家族であるペットとの、幸福な暮らしの一助となれば幸いです。

家族信託(民事信託)について詳しいことがお知りになりたい場合は、当事務所までお気軽にご相談ください。

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